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「二年前のことだ。俺は、管理局のある部隊と共に、超国家主義者たちのアジトに向かった」 ポツリ、ポツリと、文字通り昔を思い出すようにして、その髭面の男は語った。明らかに屈強と見て取れるほどの体格と鋭い眼光が、この時ばかりは背が曲がり、酷く気落ちしたようでもあった。 「諜報部の得た情報では、そこでろくでなし共が何かの研究を進めていると聞いた。今はそれが何であったかは、分からん。間違いなく何かの研究をやっていたとは思うが」 男は、黙って話を聞いていた隣に立つ兵士に視線をやった。腕組していたその兵士は、男からの無言の問いかけに、やはり無言で首を振る。当時の記録を当たってくれるよう頼まれたのだが、や はり失われている。男がアジトで撮影した写真や映像は、彼が捕虜になった段階で敵に持ち去られており、わずかに残る事前偵察での衛星写真も、それだけではアジトが何の研究施設であったのか を判別するまでには至っていない。 男は、アジトに潜入した部隊の唯一の生存者であり、そして証言者だった。 「罠だったんだ。超国家主義者たちは、俺たちが施設の奥深くまで侵入してくるのを待ち構えていた。どう足掻いても脱出は間に合わない、というところにまで誘い込んで、ボンッ。アジトは自爆 して、俺の部下も管理局の部隊も、ほとんどが死んだ。生き残っていたのは俺と、それからあと二人――管理局の奴らだ。名前は知らん、お互いコールサインで呼び合っていたからな」 男の視線が、ただ一人そこに存在した若い魔導師に移る。同じ時空管理局所属の者であったからには、何か知っているのではないか。残念ながら、魔導師は男の語った管理局の部隊について、あ まり詳しくは知らなかった。 一つだけ、「強いて言うなら」と前置きした上で魔導師が言うには、ちょうど同じ時期に、管理局の地上本部では有名だったエース級の魔導師が一名、行方不明になったという事実が語られた。 彼の名はゼスト、というそうだが、彼が髭面の男の言う管理局で生き残っていた二人のうちの一人なのかは分からない。 それで、と兵士が、男に話の続きを促す。髭面の男は、救助されてまだ一日と経っていないにも関わらず、葉巻を一本吸って、過去の話を続けた。 「自爆したアジトからどうにか抜け出した俺たちは、そこで待ち構えていたあのクソ共に捕らえられた。管理局の奴らがどうなったのかは分からん。俺だけが、ロシアのあの収容所に放り込まれて ――それから先は、ずっと寒さと強制労働に耐える毎日だ。今のロシアは内戦に勝ったとは言うが、支配力は衰えたままだ。収容所は超国家主義者たちの息がかかっていた。だが、それももう終わ りだ」 男が語り終えるのと同時に、新たな人物がやって来た。顔を骸骨のバラクラバで覆った兵士が、荷物を抱えて現れた。さらにもう一名、こちらは手に何も持っていない。バラクラバの兵士は年齢 が読めないが、もう一名の兵士は年若いのが見て取れた。 髭面の男が、その若い兵士の顔を見て、愉快そうに笑った。視線が、最初に腕組していた兵士に向けられる。 「ソープ、お前も部下を持つようになったか」 「そうだよ、プライス。ローチを見ていると昔の自分を思い出す」 「…何の話です?」 若い兵士は首を傾げてみせるが、プライスと呼ばれた髭面の男と、彼からソープ、と呼ばれた兵士は答えてくれなかった。代わりに、荷物を持っていたバラクラバの兵士が間に割って入る。 「マクダヴィッシュ大尉、命令の通りプライス大尉の装備一式です。しかし、救出からまだ数時間ですよ」 「いいんだ、ゴースト。このじいさんは前線に立つことを何よりの喜びとされておられる」 「"じいさん"か。お前にそう言われるようになるとはな」 葉巻の煙を吹かして、髭面の男はまた愉快そうに笑った。最初に見せた弱々しい、背の曲がった姿はすっかり消え失せていた。 「さぁプライス、一度通信室に行こう。司令官があんたと話したがってる。復帰と着任の挨拶と行こうじゃないか」 Call of lyrical Modern Warfare 2 第13話 Contingency / "火事を消すには" SIDE Task Force141 五日目 1000 ベーリング海 米海軍ヴァージニア級潜水艦『アリゾナ』 ジョン・プライス大尉 ≪地獄から戻ってきたな、プライス大尉≫ 衛星通信による通話で、初めてプライスはこのTask Force141の指揮官、シェパード将軍と対面を果たした。実際に顔を会わせているのではなく、通信機でのやり取りでだが。 「フライパンから、というべきですな」 ロシアのあの収容所もなかなかに地獄だったが、例えばプライスは"ヴォルクタ"というより過酷な収容所の話を聞いたことがある。過去、捕らわれたアメリカの諜報員がそこに送られたらしい。 その諜報員はどうにか脱出を果たし、ヴォルクタの収容所について「何をされた?」という質問に対し、「"何をされなかったのか"を聞きたいくらいだ」と返したという。地獄が――ヴォルクタ が業火で燃え盛る地獄に例えられるなら、あの収容所はせいぜい温められたフライパンの上だろう。 そうでなくとも、彼がこれから向かうのは戦場なのだから――プライスは、シェパードが自分の前線復帰をすでに知っているものと思い、話を進める。 「私がいない間に、世界は酷い状況になってるようですが…」 ≪ACSモジュールだ、大尉。超国家主義者たちの手に渡る前に回収できたと思っていたのだが≫ その話は聞いていた。かつての部下、今は立派に成長したソープことマクダヴィッシュ大尉とその部下ローチにより、墜落した人工衛星の姿勢制御部を超国家主義者たちの息吹がかかったロシア 軍基地から奪取したのだ。だが、少し遅かった。 ≪マカロフは合衆国に罪を被せて、気がつけば管理局とアメリカは全面戦争だ≫ 「まだ地球各国が静観しているようですが、事と次第によってはさらに拡大する。そうなれば悪夢だ…」 ≪ああ、まさしく地獄の業火に包まれる。それはなんとしても阻止せねば…この画像は、何だ?≫ 通信兵に断りなく、プライスはキーボードに手を伸ばして、それを指で叩く。ディスプレイに表示されるのは、ロシア海軍の潜水艦だった。ボレイ型原子力潜水艦。搭載されているのは通常魚雷 のほかに、SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)を搭載。これには核弾頭の装備も可能だった――核弾頭。 「油田で火事が起きたら、一番手っ取り早い消火法はさらに大きな爆発を起こすことです。酸素を奪い、炎を消す」 ≪……プライス大尉、君は先にブランクを取り戻したまえ≫ シェパード将軍は、彼が何を言わんとしているのかを即座に理解したらしい。しかし、プライスは本気だった。 「将軍、あなたは勝利のためならいかなる行為も辞さない、という考えはお持ちですか?」 ≪常に持っている≫ 「我々はすでに地獄の業火の中にいます。デカい花火が必要です」 ≪君は収容所に長くいすぎたんだ。マカロフを追うことに集中すべきだ≫ 「こんな戦争は早く終わらせる。管理局と戦争なんて、冗談にしてもクソ食らえだ…」 ≪プライス、これは"お願い"ではない、命令なんだ。君は――≫ その時、プライスの手が通信機に伸びた。いくつものケーブルを束ねるコネクタのロックを外し、引っ張る。プチッと、あっけなく切れる通信。通信兵が呆気に取られた顔で彼を見ていたが、何 事もなかったようにプライスはコネクタを元に戻す。その頃には、シェパードとの通信回線は切れていた。 通信室から出ると、通路で待っていたソープが、怪訝な表情で迎えてくれた。 「何があったんだ?」 「回線が切れちまった。シェパードから命令変更は届いてない――ソープ、その髪型は何だ」 「これか。いいセンスだろう。誰が見ても俺を俺だと認識出来る」 「そうか。若いもんのすることは分からんな」 SIDE Task Force141 五日目 1122 ロシア ペトロパブロフスクの南南東14マイル ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹 「お前さ、なんか呪われてるだろ」 着陸時に打ってしまった腰が痛むというのに、人の気持ちも知らないで魔法使いが言ってきた。うるさい、と反論することは出来たが、一応命の恩人である。呆れ顔のままで周囲を警戒するティ ーダ・ランスター一等空尉を一瞥しただけで、ローチは装備の確認を行う。 今度の任務は、再びロシア政府からの要請。この地点の付近にある潜水艦基地に係留されていた原子力潜水艦が、超国家主義者とその息吹がかかったロシア政府軍部隊によって占領された。Task Force141は、これを奪還する。 内戦に勝利し、一度は国内から超国家主義者たちを追い出すことに成功した現ロシア政府は、しかし内戦によって荒れ果てた国土の再建に精一杯だった。その付け入る隙を、祖国を追い出された 超国家主義者たちは狙ったのだ。おそらく、すでに各地で潜伏しているに違いない。管理局との"不幸な誤解"によって生じた戦争が終われば、次なる敵は――思考中断。余計なことを考えている暇 はないはずだった。 ローチにとって不運だったのは、空挺降下で輸送機から飛び降りたはいいが、パラシュートが開かなかったことだ。何度もピンを引っ張るが、抜けない。落下しながら力任せにようやくパラシュ ートを開いた頃には、安全高度を下回っていた。このままでは減速が間に合わず、地面に墜落してしまう。そこに現れたのが魔法使い、Task Force141で唯一管理局より参加している空戦魔導師、テ ィーダだった。曇り空の向こうから超高速で突っ込んできた彼は減速し切れないローチの体を支え、どうにか着陸に成功する。おかげで当初の着陸予定地よりずいぶん離されてしまったが、死ぬ よりはマシだろう。 M14の狙撃仕様、M14EBR狙撃銃に異常がないことを確かめたローチは、警戒に当たるティーダの肩を叩いて「問題なし、行ける」と合図。頷いた魔法使いは、彼とともに前進を開始しようとして、 動きを止めた。拳銃のような形をした魔法の杖、彼が言うところのデバイスの銃口を、雪で覆われた森林に向ける。誰かがいる。 「ソープ、ローチとティーダを見つけたぞ。二人とも無事だ――銃口を下ろせ、俺だ」 プライス大尉、とローチは安心したかのように呟き、銃口を下ろす。髭面、ブッシュハットの屈強な兵士、プライスがそこにいた。どうやらはぐれたローチたちを探しにきたらしい。 「二人ともついて来い。ソープ、俺は二人を引き連れて行く。北西の潜水艦基地だ」 ≪了解。ゴーストたちは別ルートで向かっている≫ 片方の耳に入れたイヤホンに、今度はマクダヴィッシュ大尉の声が入る。味方の通信可能距離に入ったのだ。ホッとしながら、ローチは歴戦の猛者について行く。この男が何者かは知らないが、 とにかくあのマクダヴィッシュ大尉が信頼する人物なのだから、おそらく間違いはないはずだ。 ティーダは、と言うと――特に表情も変えず、黙ってプライスの後について行く。何も感じないのか、それともただ表情に出さないだけなのか。考える余裕も、問いかける余裕もなかった。雪 に覆われた大地は、同時に敵地でもあった。 しばらく進むと、正面に人影が複数見えた。隠れろ、とプライスが手で指示し、各々が木や草の陰に身を寄せる。M14EBRのスコープを覗けば、五人の歩兵らしき姿が映った。小銃と手榴弾で武 装し、犬まで連れている。敵の哨戒部隊に違いなかった。 「敵兵が五人、犬が一匹」 ≪犬か…犬は苦手だ≫ プライスの報告を受けて、通信機の向こうでマクダヴィッシュ大尉が心底うんざりしたような声を上げている。そんなに犬が嫌いなのか、とローチは思ったが、見上げた先の歴戦の猛者が、に やりと一瞬笑う。まるで昔を懐かしむような笑みだった。これはきっと、本当に犬が嫌いなのだろう。 「プリピャチの犬に比べたらここの犬は子猫みたいなもんだ」 「余裕ですね、プライス大尉」 「まぁプリピャチの犬も、ペリリューの日本兵に比べたらチワワみたいなもんだがな」 はい? 何ですって、日本兵? 言ってる意味が分からない。当惑しているローチを余所に、敵の動向を見張っていたティーダが何かに気付き、プライスを呼ぶ。 「プライス大尉、トラックが来ます。三両、やり過ごしましょう」 「魔法か?」 「…何故分かったんです?」 「知り合いがいるからな。隠れろ、もっと深く」 ようやく、ティーダのプライスを見る目に変化があった。この男は、以前にも魔導師と行動を共にしたことがある。それもかなり、管理局の使う魔法について熟知している。驚くと同時に、認 めざるを得ないようだった。この髭面の兵士は、伊達に年だけを取っている訳ではない。 分隊はさらに木の陰が深い場所に潜り込み、伏せた。数分後、ティーダが探知魔法で見つけたトラックが三両、すぐ脇の道路を雪を蹴散らしながら駆け抜けて行く。行き過ぎたところで、立ち 上がって先ほど見つけた敵の哨戒部隊の様子を探る。煙草を吸うため、二名ほどが残っていた。あとの三名と犬は、すでに道路を進んで行った。 「一人やれ、もう一人は俺がやる」 プライスはやる気になったらしい。ローチと同じM14EBRを構えて、雪に覆われた森林の中から敵を狙う。当のローチはと言えばティーダと顔を見合わせ「どっちがやる?」と表情と視線で問い かけたが、「お前やれよ」と彼が眼で訴えたため、銃を構えた。 ガードレールの傍に立つ敵兵二名、狙われているとは露も思わず煙草を吸っている。狙撃スコープの十字線のど真ん中に敵を捉えたローチは、引き金に指をかけ、すっと息を吸い込み、呼吸を 止めた。呼吸によって上下する手ブレを少しでも抑え、狙う。右手の人差し指にそっと力を入れて、射撃。サイレンサーが装着されたM14EBRはプスッと間の抜けた銃声を発するが、肩に当てた銃 床への反動は紛れもなく銃弾が放たれた証拠だった。数瞬もしないうちに、彼の撃った銃弾が敵兵を貫き、弾き飛ばす。もう一人、とスコープの中に映る敵の片割れを見れば、こちらも一秒遅れ で撃たれ、見えない何かに殴られたように倒れる。撃ったのはプライスだった。 「よし、進むぞ」 いい腕してるな――老兵の狙撃の腕に感嘆としつつ、ローチは立ち上がって道路を進む彼の後に続く。少し進めば、橋を手前にして敵の哨戒部隊の残り三名と犬一匹が立ちはだかっていた。もっ ともこちらに気付いた様子はない。煙草を吸う者はいなかったが、どうにも敵がすぐそこに潜んでいるとは考えてもいないようだった。 「お前は左の犬とその飼い主をやれ。ティーダと俺は右だ」 言われるがまま、ガードレールの下に伏せて銃を構えて橋の左側に視線を送る。なるほど、犬と敵兵、合わせて二つの標的がそこにある。右の方にもちらりと視線をやれば、二人の敵兵が何か 会話しているようだった。こっちはティーダとプライスが撃つということだ。自分の仕事に専念する。 先ほどと同じように、M14EBRを構える。まずは犬から、とローチは狙撃スコープの十字をジャーマン・シェパードに向けた――"シェパード"ね、なるほど――雑念が脳裏をよぎる。無視して、引 き金を引いた。小さな銃声、肩に来る反動。犬が悲鳴を上げてひっくり返り、動かなくなる。傍にいた敵兵は何事かと驚くが、次なる銃弾が放たれ、その頭を撃ち抜いた。雪の大地に崩れ落ちる敵 を最後まで見届けず、右へと視線を移す。橙色の魔力弾がまず一人を吹き飛ばし、もう一人は鉛の弾丸が撃ち倒す。敵哨戒部隊、全滅。 「ビューティホー」 どこかで聞き慣れた気のする、プライスからの賞賛の言葉。分隊は前進を再開する。 橋を渡って、坂道を行く。左右を森林に覆われた道路の向こうは、青空が広がっていた。その青色の景色に、耳障りなローター音と共に二機のヘリが現れ、横切って行く。Mi-8ヒップ輸送ヘリ、 超国家主義者たちのものだろう。気になったのは、胴体下に何かを吊り下げていたことだ。プライスがその正体を見破っていた。 「ソープ、情報に間違いありだ。ここの奴らはSAMを持っている」 ≪了解――ティーダに伝えてくれ。飛ぶな、と≫ Mi-8が輸送していたのは、対空ミサイルの発射台だったのだ。空を飛ぶものは何でも標的になる。ソープに報告すると、彼の声が通信機から発する電波に乗って分隊に届く。通信魔法である念話 にも聞こえるようになっていたが、ティーダはなんとなくバツの悪そうな顔をしていた。彼は空戦魔導師なのだが、今のところ地面を這いつくばっている。 「そんな顔をするな、ティーダ。俺と行動を共にした魔導師は文句を言わなかったぞ」 「誰なんです、その魔導師って」 空戦魔導師からの問いかけに答えようとしたプライスだったが、ハッと視線を正面に向ける。それから数瞬して、何かの音が聞こえてきた。エンジン音か。しかし、トラックやジープにしてはや けに重々しい気もした。 数秒後、道路にぬっと黒い影が現れる。鋼鉄の騎兵、ロシアのBTR-80装甲車だった。哨戒部隊と連絡が途絶えたため派遣されてきたのか。否、重要なのはそこではない。砲塔にある一四.五ミリ 機関銃が、道路を進んでいたプライスたちに向けられていた。 「敵だ、逃げろ!」 あまりに突然のことで、一瞬呆然としてしまった。プライスの叫びでようやくローチは我に返り、言われた通り逃げた。まっすぐ走っても撃たれるだけだ。敵弾を阻害してくれる障害物の多い 方向、林の中に向かって走る。 彼らにとって幸いだったのは、BTR-80も反応が一瞬遅れたことだ。まさか、こんなところで侵入者たちと遭遇するとは思ってもみなかったに違いない。そうは言っても唸りを上げる機関銃弾の 威力は凄まじく、逃げ込もうとする林の木々は次から次へと叩き折れて行った。あんなものを喰らったら、人間など原型もなくなってしまう。 走れ、走れ、走れ! 生存本能が強く命令する。雪に覆われた大地を蹴り、折れた木を乗り越え、ひたすらに林の奥へ。どれほど走ったかは分からない。気がつけば、装甲車からの銃撃は止んで いた。追ってくる様子もない。木々が邪魔して、戦車ならともかく装甲車では進んでこれないのだ。 「ここまでは追ってこれまいな――ローチ、ティーダ、無事か」 「えぇ、何とか…」 「死にかけましたよ。やっぱり空が飛びたい……誰なんです、大尉と行動していた魔導師って。こんな無茶に付き合えるんですか?」 息を切らしながら、ティーダはプライスに問う。二人の若い兵士と魔導師に比べて、まったく何でもない様子の老兵は、質問に答えた。 「クロノ・ハラオウンと言う小僧だ。今は提督だとか言っていたがな……来い、敵に見つかったんだ。間もなく追っ手がこちらにも来るぞ」 プライスの予想は当たっていた。逃げ込んだ森林を進むうちに、ライトの光がいくつも見え始めて、さらに犬の鳴き声すら耳に入ってきた。 幸い、ロシアの大自然は彼らに味方した。降り積もった雪は敵兵たちの足をもたつかせ、視線を地面へと釘付けにさせた。漂う霧は視界を奪い、白いカーテンが分隊の姿を敵から隠し通してくれ た。それでも慎重に行動するからこそ、天はローチたちを見放さなかったと言える。冬を味方につけた彼らは敵の哨戒網を潜り抜け、ついに目標の潜水艦基地の手前にある丘の頂上に到着した。 丘から見下ろすと、眼下には人家が並んでいるのが見えた。しかし、人が住んでいる様子はない。住人は超国家主義者たちに追い出されたのか、それともこの集落はそれより以前から人が住んで いないのか。肉眼だけでは得られる情報が限られていた。 「ソープ、航空支援の状況は?」 ≪AGM搭載のUAVを飛ばしている。ローチが操作端末を≫ プライスに言われるまでもなく、ローチは背中に担いできた端末を持ち出す。雪を払いのけて開けば、こんな大自然の最中には不似合いなくらいの精密機器が姿を現す。キーボードを叩き、上空 を飛行しているであろう無人偵察機プレデターの操作画面へ。偵察機とは言っても対地ミサイルを搭載しており、いざとなれば空から攻撃が可能である。 端末のディスプレイに浮かぶ灰色の画面に、プレデターが捉えた地上の様子が映る。目視照合にて、丘の下に並ぶ集落と同じものが映っていることを確認。敵兵らしき姿は、とりあえず見当たら ないが――カッ、と何かが一瞬、画面の中で光った。集落の中央からだ。白煙が吹き上がり、雪が舞い散る。何かが打ち上げられた。何だこれは、と思ったその時、画面が揺れて、砂嵐が映り、す ぐに何も見えなくなった。端末から眼を離すと、集落の上空で黒煙が一つ巻き起こっている。 「くそ、撃墜された」 ≪何があった?≫ 「さっき言っていたSAMだ。プレデターが撃墜された。ソープ、予備を出せ」 ≪何だって、参ったな。プライス、プレデターに予備はないんだ≫ プライスが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。航空支援がないとなると、あとは独力で進むしかなくなる。敵が重火器や武装ヘリを投入してくれば、かなりの困難が予想された。 ところが、ローチが役に立たなくなった端末を閉じようとすると、隣にいたティーダが立ち上がった。それだけで、彼は魔導師が何をするつもりなのか分かってしまった。そうだ、こいつは飛 べるのだ。 「おい、よせよティーダ。今の見たろ? ミサイルに狙われるぞ」 「そりゃ狙われるだろうけどな。航空支援がやられたんだろ、代わりは必要さ」 無茶を言うな、と視線に制止の意味を込めるが、プライスは何も言わない。少しばかり考える素振りは見せたものの、出てきた言葉は制止ではなかった。 「行ってくれるか?」 「ハラオウン提督ならそうしたでしょう。大丈夫、質量兵器に落とされるほどヤワじゃない」 ニッと笑って、空戦魔導師は二人の兵士に背中を見せた。雪の大地の上に魔法陣を展開し、「それじゃ」と気軽な言葉を残し、飛び上がっていった。まるでもう地面を這いつくばるのはうんざり だ、と言わんばかりに。青空の向こうにティーダの姿が消えて行くまで、そう時間はかからなかった。 「大丈夫なんですか、本当に」 「信じるほかあるまい。それよりローチ、奴を助けたいならあのSAMを破壊するぞ」 疑問と言う体裁は取っていたが、実質批判的な声をプライスは受け流す。それどころかこの老兵は、ローチを置いて先に進んでしまう勢いだった。現に、雪が固まり氷状になった丘の斜面を一人 で先に下りていってしまう。あぁもう、と悪態を吐き捨て、ローチも後に続く。 SAMは集落の中央にあったが、プレデターの侵入に気付いた敵はとっくに警戒態勢に入っているだろう。だからこそ撃墜したのだ。プライスを追って集落に入ったローチは、人家の陰から次々と 白い雪原迷彩を着た兵士たちが飛び出してくるのを目撃する。装備はAK-47やFA-MASなど東西陣営の混成、超国家主義者たちの奴らだ。 丘の斜面から下りてきた二人の兵士を見つけた彼らは、即座に迎撃の構えを見せた。誰何など関係なく、手にした銃火器を撃ち放ってくる。嬉しくない歓迎だ、と思いながらローチは物陰に身を 寄せて、M14EBRで撃ち返す。もはや消音の必要はない。銃声が集落で木霊し、激しい銃撃戦が繰り広げられる。 プライス大尉は、と狙撃の最中で老兵の様子を探るが、M14EBRを手放した彼はどこで拾ったのかAK-47に切り替え、同じように物陰に陣取って迫る雑兵を撃ち倒していた。撃っては移動し、撃っ ては移動を繰り返す。敵はプライスを追い掛け回すが、歴戦の猛者は銃弾を浴びせられても少しも動じず、逆に撃ち返して敵に出血を強いる。何者だあのじいさん、とローチは思わず見とれそうだ った。 パンッと乾いた銃声が響いたような気がした。ハッとなって振り返ると、すぐ傍で弾を喰らったらしい敵兵がひっくり返ってのびていた。待て、俺は撃ってない。誰が撃ったんだ。射点を移動 しながら敵の様子を伺っていると、また銃声が響き、一人の敵兵があっと短い悲鳴を上げて雪の大地に転がり倒れた。狙撃だ。しかしどこから。そこでようやく思い出す。上空に上がったティー ダだ。天空からの援護射撃。 ≪ローチ、二〇〇メートル先の人家の陰だ。SAMがある≫ 「ティーダ、お前か」 ≪そうだよ、早く壊せ――あぁっ、こっちにミサイル向けやがったぞ。急げ≫ なるほど、観測もやっている訳だ。通信を終えたローチは、物陰から飛び出し、走った。途中、死んだ敵兵の腕からRPD軽機関銃を奪う。ベルト給弾式、弾はまだある。そいつを滅茶苦茶に敵兵 に向けて撃ち放ちながら、SAMの発射台に急いだ。あと二〇〇メートル、一五〇メートル、一〇〇メートル、弾切れ、RPDを捨てる。USP拳銃を引き抜いて、乱射しながら走る。残り八〇メートル。 その直後、集落の中央で爆風が巻き起こった。おわ、と悲鳴を上げつつも咄嗟に伏せる。何だ今のは、SAMの発射台がある方向だった。黒煙が立ち上る方角を見つめていると、複数の銃声がこち らに迫りつつある。聞き覚えのある銃声だった。五.五六ミリ弾の発砲音。西側装備だ。このロシアの大地で西側の銃火器で装備を統一している部隊と言えば、今のところローチとプライスを除け ばあとは一つしかない。 「撃つなよ、ローチ! 味方だ! 俺だ、ゴーストだ!」 やはりそうだった。別ルートから進行していた、Task Force141の現場副官、ゴースト率いる別働隊だった。SAMを破壊したのも彼らだった。 「助かったぞ、中尉」 「どうも。しかし連中、これでカンカンに怒るでしょうね」 出迎えたプライスの握手に答えるゴーストだったが、目的地はまだ先だった。これだけ派手に銃撃戦をやって、潜水艦基地の敵が何も構えていない訳がない。 案の定、超国家主義者たちに奪われた潜水艦基地は厳戒態勢に入っていた。ヘリポートではMi-24Dハインド攻撃ヘリが離陸準備中で、ローターはすでに回転しつつあった。付け加えるなら、歩 兵や装甲車すらもが走り回って各々が配置に就く途中だった。 Task Force141が、ハインドの離陸や敵の配置完了前に攻撃位置にたどり着けたのは、まさしく幸運と呼ぶほかない。それとも、精鋭部隊が成せる技だったのか。ともかくも、攻撃するならもは や一刻の猶予もないのは誰の眼にも明らかだった。敵の配置が完了してしまえば、いかどTask Force141と言えど犠牲を強いられることになる。 「ティーダ、聞こえるか。そこから離陸準備中のヘリは見えるか」 ≪しっかり見えますよ。こいつは普通の射撃魔法じゃ落とせそうにないですね、砲撃魔法を一発当ててやらないと。大尉、クレーンは見えますか? その真下です、目標の潜水艦は≫ 無人偵察機の代わりとなったティーダは、まったく優秀な観測兵だった。敵の配置を分かりやすく指示し、さらに目標である原子力潜水艦すら見つけた。ロシア政府が要請したTask Force141へ の任務とは、この原潜の奪還こそが目的だった。 何故ならば、この潜水艦はボレイ型潜水艦と言って、核弾頭も搭載可能だからだ――と言うよりは、現に核弾頭を搭載している。弱体化したロシア軍にとって、核戦力は大国でいられる唯一の証 と言ってもよい。それを超国家主義者たちは狙い、手中に収めたのだ。核兵器がテロリストの手に。悪夢以外何者でもない。幸いにも、まだ原潜は出港していない。そこを叩いてくれとのことだ。 潜水艦への突入を試みる者は、すでに決まっていた――プライス大尉。他のTask Force141隊員は、彼の突入を援護する。 「いいぞ、やってくれ。攻撃開始」 ≪了解、攻撃開始≫ プライスの指示で、はるか上空から閃光が降り注ぐ。ティーダの砲撃魔法だった。橙色のそれが、離陸寸前だったハインドの胴体を貫き、内側からの爆風が機体を食い破る。撒き散らされた破 片が降り注ぎ、周囲にいた敵兵たちの頭上に降り注ぐ。まさしく超国家主義者たちにとっては、突然の悪夢だったことだろう。 攻撃はそれだけでは終わらない。動揺する彼らに向けて、Task Force141はありったけの銃弾を叩き込んだ。ローチもこれに加わり、M14EBRで一人、また一人と敵兵を葬って行く。まずは第一の 防衛線を突破。部隊は一気に潜水艦基地になだれ込む。 第二防衛線に到達。空からの攻撃に浮き足立つ超国家主義者たちは、襲い来る精鋭部隊の前に後退するしかないかのように思えた。アドレナリンで疲労を感じずひたすら突っ込むローチは一旦 落ち着くべく、コンクリートの柱に身を寄せ、敵の様子を伺う。それが、結果的に彼の命を救うことになった。先行しようとした味方の兵士が、いきなり正面から受けた銃撃で弾き飛ばされ、地 面を転がり動かなくなる。咄嗟に手を伸ばそうとしたが、無駄だった。身を乗り出した瞬間、ブンッと目の前を何かが唸り立てて飛び去って行き、生存本能が前に出るなと警告する。敵の装甲車、 BTR-80が立ちふさがっていたのだ。一四.五ミリ機関銃をぶっ放し、彼らの行く手を遮る。 銃撃はローチの隠れるコンクリートの柱にも及んだ。柱の欠片が弾け飛んで、わ、とたまらず短い悲鳴を上げてしまう。ここにいるとやられる。しかし、敵はそれを待っているのだ。飛び出し た間抜けな獲物を銃口に捉える、その瞬間を。 「ティーダ、砲撃魔法撃てるか!?」 ≪充填中。目標はあの装甲車か、基地のど真ん中で暴れてる――≫ 「それだそれ、早く撃ってくれ!」 上空を飛ぶティーダに砲撃要請。とはいえそれまで持つだろうか。敵も馬鹿ではない。こちらの目的が原潜の奪還であることくらい、とっくに気付いているはずだ。出港準備を整えているだろう が、それを止めるためのプライスも装甲車に道を阻まれているのでは進めない。 せめてもの抵抗として、ローチはM14EBRの銃口を柱の陰から突き出し、滅茶苦茶に乱射した。装甲車相手に効き目があるとは思えない。だが撃たれっ放しでは敵を図に乗らせることになる。敵の 銃撃が、ローチの隠れる柱に集中する。うわぁ、と今度こそ情けない悲鳴を上げて、彼は身を縮こまらせた。 ティーダ、頼む、頼むから早く。俺が撃たれて死ぬ前に――祈りが天に通じたのか、BTR-80の頭上に橙色の閃光が走る。薄い上面装甲をぶち抜かれた装甲車はたちまち爆発、炎上して機能停止。 ずるずると安心感から崩れ落ちそうになるローチだったが、やけくそ気味に天に向かって親指を立てると、前進を再開した。 「潜水艦に向かう! ゴースト、皆を連れてあの建物から援護しろ!」 「了解です! ローチ、来い! ティーダは引き続き上空援護!」 防衛線を突破したTask Force141は、西にあった門の詰所の屋上に陣取った。ただ一人、プライスが係留されている原潜へ向かう。乗り込むためのタラップを外していないのは敵のミスだった。 髭面の兵士が潜水艦に突っ込んで行くのを見送ると、ローチたちの任務はひたすらに敵の攻撃を退けることになった。 響く銃声、唸る轟音、爆風と衝撃。悲鳴すらかき消される戦闘の最中で、ローチは気付く。プライスが突入した潜水艦の、ミサイル発射管のサイロが開かれつつあるのだ。敵は、やけになってこ こで核弾頭を発射するつもりなのか。 「ゴースト! あれを!」 「くそ、敵がヤケになったか。プライス大尉、聞こえますか!? 潜水艦のサイロが開放されつつあり! 制圧を急いでください!」 プライスからの応答は、ない。それどころか、潜水艦のサイロはさらに開放が進んでいた。 「大尉、応答を! サイロが開かれてる、急いで!」 なおも開放は止まらない。これだけ叫んでいるのに、通信機は沈黙したままだった。まさかプライスはやられたのか? いや、彼に限ってそんなことはあり得ないだろう。では、何故。 「プライス! あんた聞いてんのか!? サイロが開かれてるんだよ、ミサイルが発射されそうなんだ! 早く止めろぉ!」 とうとう、ゴーストがキレた。首元のマイクに向かって怒鳴り散らす。 ここでようやく、プライスの声が通信機に入った。しかし、応答ではない。まるで独り言だった。それも、何を意味するのか、聞いただけでは分からない一言だった。 「これでいい」 何がいいのだ。Task Force141の、誰もがそう思った。まさにその瞬間だった。原潜の開かれたサイロから閃光が上がり、同時に大量の発射煙が放出されたのは――"発射煙"。姿を現すのは、SL BMだった。潜水艦搭載の、弾道ミサイル。その弾頭に搭載されているのは、確か情報では―― 「待て…待て待て待て、プライス、待て、駄目だ!」 ゴーストの言葉を無視する形で、弾道ミサイルは放たれる。凄まじい勢いで上昇して行く。撃墜は無理だった。 「核ミサイルが発射された! コード・ブラック、コード・ブラック!」 何だよ、いったい――何が起きたんだ。プライス大尉が撃ったのか。 呆然としつつ、ローチは打ち上げられた核ミサイルをただ眺めるしかなかった。彼が出来ることは、そのくらいしかなかった。 油田の火事を消すには、さらに大きな爆発が必要だった。酸素を奪い、一気に火を消す。その爆発の根源が、今放たれたのだ。 戻る 次へ
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真の漢のみが集う戦場。 クラン名はibok。 クランメンバーはhoro・rabit・ponpon・g。
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――我々は人類史上、最強の軍隊と言える。 ――全ての戦いは我々の戦いでもある。 ――何故なら、世界中で起きている戦争はその全てが我々とは無関係ではないからだ。 ――例え、次元の壁を通り抜けた先のものであっても、例外ではない。 ――現代兵器をいかに使うか、それが国の命運すら左右する。 ――私は君たちに自由は与えられない。だが、それを勝ち取るための術を教えよう。 ――そして戦友よ、自由とは軍事基地などよりよほど価値のあるものだ。 ――誰もが強力な兵器を望む。だが、重要なのはそれを扱う者だ。 ――今こそ英雄の出現が待たれている。 ――今度は我々が歴史を刻む時だ。 ――さぁ、始めるぞ。 Call of lyrical Modern Warfare 2 第2話 Team Player / 魔法の杖は拳銃 SIDE 米陸軍 第七五レンジャー連隊 一日目 時刻 1722 第三三五管理世界 紛争地帯 ジョセフ・アレン上等兵 いいニュースと悪いニュースがある、なんて言い方を始めたのはどこの誰なんだろう。 そういう言い方は、良いことと悪いことが両方とも最低一件ずつあって、初めて成立するものなのに。 では、今はどうなのか。もちろん、悪いニュースしかない。 まず、ピットでお偉いさんに訓練の様子を見せた直後、いきなり出撃命令が下った。BCT1と言う、管理局と米軍のタスクフォース(混成部隊)が前線にて作戦行動中、現地の武装勢力に橋を落とされ 孤立させられた。部隊は何とか持ちこたえているものの、退路を阻まれた以上は袋の鼠も同然だ。 次に、襲撃してきた武装勢力はいずれも九七管理外世界、すなわち地球より密輸した武器装備を所有していること。ロシア製の銃火器が主力のようだが、おかげで連中の火力は以前にも増している。 それから、川を挟んむ形で武装勢力と交戦を開始した米軍は、激しい敵の歓迎を受けていること。 最後に、こいつは飛びっきりの悪いニュース。何をトチ狂ったか、奴らはRPG-7まで持ち出してきた。旧ソ連が開発した、対戦車ロケットの最高傑作。そいつの爆風を受けてしまって、現在進行形で ジョセフ・アレン上等兵の意識が、一瞬ひっくり返ってしまったことだ。 「立て、アレン上等兵!」 目の前の光景が現実なのか夢なのか、あやふやなまま差し出された手を取る。はっと相手を見れば、でかい星型の階級章を幾つも揃えた将軍らしい男――え、なんでこの人いるんだ? 思わず、アレ ンは我が目を疑った。 ここは最前線中の最前線、たった今この瞬間も対岸からはピュンピュンと銃弾が掠め飛んでくる。そんなところに、将軍である。夢だと思いたかったが、握られた手には確かな現実感があった。な んてこった畜生、これは夢じゃないぞ。悪いニュース一件追加だ。 「レンジャーが先陣を切る、行け!」 とは言え、ボーッとしてる訳にも行かない。前進命令を下す将軍は――どこかで見たと思ったら、ピット訓練で見たお偉いさんの一人だ――右手に弾を入れたリボルバーを持っている。放っておい たら、自ら一兵士となって先へ進んでしまいそうだった。 ふらつく頭を鉄帽越しに叩いて、アレンは正気を取り戻す。視界に映る状況を確認、崩れた橋、味方の架橋戦車が左手に見えた。正面には、対岸に向かって銃を乱射する戦友たち。その向こうには こちらに向かって銃撃をかけてくる、武装勢力らしい人影。なるほど、ひとまずの目標はあいつらのようだ。 異世界の大地を踏みしめて、前へと進む。盛り上がった地面に滑り込むようにして身を隠し、手にしていたM4A1を確認。すでに弾丸は装填済みだ。グリップを握る右手の親指が、セレクターを操作 してセーフティを解除する。遮蔽物となっている土から匍匐で身を乗り出し、銃口を対岸へ。ダットサイトに捉えた人影向けて、引き金を引いた。響く銃声、弾かれるように排除される薬莢。飛ん でいった銃弾は敵兵を貫き、容赦なく殴り倒していく。 敵も黙ってはいない。川の向こうからは同じ地球生まれと思しき弾丸が雨のように降り注ぎ、土を撒き散らす。あまり訓練されていないのがせめてもの幸いだ、弾幕の激しさにも関わらず弾は一発 たりと自分にも味方にも当たっていない。恐怖心は盛大に煽られたが。 何度目かの射撃の後、アレンはM4A1から空になったマガジンを引き抜く。新しいものを腰に下げていたマガジンポーチから取り出し、再装填。コッキングレバーを引いて、機械音を鳴らす。息を吹 き返した銃を再び構えようとして、あっと彼は声を上げた。対岸で、一つの派手な白煙が上がった。 白い尾を引き、ロケットが崩れた橋の手前側に着弾する。まずい、奴らはまたRPG-7を持ち出してきた。運良く外れたものの、目標は崩落した橋を復旧しようと企む味方の架橋戦車であることは明ら かだ。その架橋戦車は、すでに展開を開始しており、今更後退など出来るはずがない。 「ハンター2、対岸のRPGを始末しろ。架橋戦車がやられたら泳いで渡ってもらうぞ!」 分隊長の黒人兵士、フォーリー軍曹の指示が飛ぶ。泳いで渡る、それは嫌だなと胸のうちで呟き、改めてアレンは銃を構えた。長い筒型のロケットを持った敵を探し出し、見つけ次第ダットサイト で照準し、撃つ、撃つ、撃つ。敵も狙いが読まれたと悟ったのか、RPG-7を持った者を庇うようにして兵たちが前に出てきた。川を挟む形で、赤い火線が入り乱れる。 そうだ、グレネードを――こういう時はまとめて敵を吹き飛ばせる火力が必要だ。咄嗟にM4A1の銃身に付属しているM203グレネードランチャーの存在を思い出し、持ち方を変えた。マガジンを右手 で、グリップを持つように握る。左手はM203の銃身を持って、敵に照準。引き金を引けばポンッと軽い音と共に、小さな砲弾が飛び出していった。間抜けな発射音とは裏腹に、着弾したグレネード は爆発。衝撃と爆風の嵐を周囲に撒き散らして、それを喰らった敵兵が宙を舞う。銃身をスライドさせて、もう一発装填し、さらに一撃、続いて二撃。対岸で繰り広げられる爆炎のカーニバル、そ れでも敵は後から後から沸いてくる。どうやら、対岸に見える大きな白いアパートに拠点でも築いているらしい。 不意に、左側で機械音が鳴り響く。視線を上げれば、架橋戦車がようやく車体に乗せていた橋の展開を終えようとしていた。崩れた橋の元の大きさほどではないが、軍用車両が通るのに困らない程 度のものだ。後方で待機していた、現地世界の暫定政府軍に所属する車両も前線に迫ってきた。 「ハンター2、橋が架かった。行け行け、車両に乗り込め!」 フォーリーに言われるまでもなく、兵士たちは橋へと戻った。暫定政府軍の車両、ミニガンを搭載したハンビーは扉を開けて、米軍兵士たちを迎え入れる。 敵は一旦後退しているようだが、前進はまだ始まらなかった。よっこいしょと暫定政府軍のハンビーに乗り込んだアレンは銃座に着いて、無線に耳を傾ける。フォーリーが、航空支援を要請してい るようだ。聞いたことのないコールサインを呼び出していたが。 「デビル1-1、こちらハンター2-1、支援要請。目標はグリッド252171の高層アパート、白い奴だ」 「デビル1-1、コピー。砲撃魔法の詠唱開始、待機せよ」 何だって、砲撃魔法? 耳を疑ったが、確かにデビル1-1を名乗るコールサインの男はそう言った。航空支援を、管理局がやっているのか。戸惑いは周囲の戦友たちも同様らしく、「魔法だって?」 「管理局のお出ましか」と意外そうな顔で話していた。支援してくれるなら、この際どこでもいいと言えばそうなのだが。 しかし、近すぎないか――アレンは、目標らしい高層アパートに視線を送った。対岸の向こうにいる友軍の位置は、救難信号を通じて常に捕捉されているのだが、敵の拠点であるアパートと彼らが 立て篭もる地点は距離があまりない。下手に攻撃しようものなら、味方にも損害が出てしまう可能性だってある。 「なぁ、タスクフォースに近すぎるんじゃないか?」 「あぁ? シェパードがそんなの気にするタマかよ」 近場にいたレンジャー隊員の会話に聞き耳を立ててみたが、どうやら作戦の指揮官は――おそらくあの将軍、シェパードと言うんだったな、そういえば――味方への被害などお構いなしに撃つタイ プらしい。厄介な奴だなと、どこか他人事のように思った。 と、まさしくその時である。はるか彼方の天空より、チカッと何かが光った。何だ、と疑問を口にした頃には、太い光の渦が目標に指定されたアパートへ、突き刺さるようにして落ちてきた。 ドッと次の瞬間には大地が揺れ動いたかのような錯覚がアレンを含む米軍兵士たちを襲い、黒々とした黒煙が対岸の向こうで上がる。例の砲撃魔法、だろうか。答えを求めて口にしてみたが、誰も 答えてくれなかった。代わりに、目標だった高層アパートは根っこから崩れ去っていく。 「Yeah, baby!」 「Whoo!」 歓声を上げる味方。敵の拠点は、脆くも一撃で消え去った。魔法って怖ぇなぁ、などと呟いていると、先頭を行くストライカー装甲車が前進を開始。いよいよ、敵地へ乗り込むのだ。 「発砲に注意しろよ、ここから先は無法地帯だ」 「荒野のウエスタンよりはマシですかね」 分隊長からの指示に軽口を飛ばし、アレンはミニガンを構え直す。 橋の向こうでは、一見ごく普通の町並みが続いていた。平和でさえあれば、賑やかな市場であったかもしれない。 だけども、鼻腔をくすぐるのは火薬の匂い。耳を刺激するのは、人々の活気あふれる声ではなく、不気味なほどの静寂。町といってもここは戦場、それも敵地だった。 ハンビーの銃座から身を乗り出すアレンは、周囲に絶えず視線を配る。本来なら歩兵と足並みを揃えて進むべきだろうが、何しろ救援を求めるタスクフォースは孤立しており、未だ連絡がつかない。 例え危険を冒してでも、足の速い車両部隊が先行し、彼らを探し出して助ける必要があった。 スッと、視界の脇を何かが走り抜ける。咄嗟に手にしていたM134ミニガンの六本ある銃身を突きつけようとしたが、敵ではなかった。なんてことはない、民間人だ。厄介なことに、この町は敵武装 勢力の根城であると同時に、未だ生活を続ける紛争とは無関係な人々の暮らしもあるのだ。誤って撃とうものなら軍法会議に叩き込まれる。 車両部隊は町の中を進む。入り組んだ地形であるがゆえ、あまりスピードが出せない。こんな時に襲撃されたら嫌だなとは、運転手からアレンのような銃座に就いた者まで、全員共通の思い。 その時、先頭を行くハンビー、コールサイン"ハンター2-3"から全車へ向けて通信が舞い込んだ。 「こちらハンター2-3、敵兵らしき者を発見。数は三、正面の家屋のバルコニーにいます」 「ハンター2-3、武装しているのか?」 「ネガティブ、こちらを見ているだけです」 偵察してるんだろ、とアレンの足元、銃座の下の席に座るダン伍長が呟いた。ハンター2-3からの通信に応じた助手席のフォーリーは「だろうな」と答え、しかし射撃許可は下さない。武装して おらず、ましてや交戦の意思を明確に見せていないのであれば攻撃は出来ない。 アレンたちを乗せたハンビーが、報告のあった敵兵のいる家屋の前を行き過ぎる。なるほど、確かに見ているだけだ。ミニガンの銃口はしっかり向けつつ、アレンはバルコニーに立っていた三人の 敵兵たちを一瞥する。 「……?」 視界の隅、例の家屋の近くに見えた路地裏で、一瞬何かが動いたような気がした。見間違えかと思ったが、確かに何かいたはず。そいつが何か、であるかまでは分からなかったが。 念のため、ミニガンを回して照準を路地裏へ。もしも敵であったなら、状況は極めてまずいことになる。車両部隊は狭い街中の道路では機動力を発揮できず、迅速な退避が困難だ。ましてや、後ろ から撃たれようものなら――銃声。あっと気付いた時には弾丸が先頭車両の車体を叩き、弾かれる。防弾試用のためダメージはないが、そこは重要ではない。 敵襲、車両部隊の間で緊張感が一気に高まる。 「撃たれた、撃たれた! どこからだ!?」 「駄目だ、分からん」 見えない恐怖、とでも言うべきか。戸惑う戦友たちを余所に銃声は続き、前を行くハンビーの防弾ガラスに弾が当たって弾かれた。クソ、とアレンが悪態を吐き捨て、ミニガンを回す頃にはさらに 一発、今度はすぐ手元に着弾。たまらず身を車内に引っ込めそうになるが、逃げたところでここに逃げ場はない。 「ハンター2-1より各車、フォーリーだ。我が隊は複数方向から狙撃を受けている、交戦準備!」 了解、了解――呟くように指揮官の命令に答えると同時に、多少は引っ込んでいたはずのアドレナリンが、また噴出してきた。違う、これは汗だ。額から滲み出てきた水分を、グローブに覆われた 手の甲で振り払うようにして拭う。狭い車道を突き進む車両部隊は、やがて視界の開けた場所に出た。 正面に見えた、真っ先に目に付く建物は確か学校だ。管理局と米軍が資金を出し合って現地世界のために建設した、二階建ての立派な学び舎――くそったれ、と誰かが吐き捨てる。奴ら、学校に陣 取ってやがる! 「あそこだ! アレン、ブン回せ!」 ダン伍長に言われるまでもなく、アレンはミニガンの照準を学校の屋上へ向けた。敵散兵、数は不明なれど多数発見。いずれも武装しており、こちらに銃撃を仕掛けてくる。 パッと白煙が上がったかと思いきや、次の瞬間にはハンビーのすぐ脇で爆風が巻き起こり、轟音と共に土砂が巻き上げられた。ここに来ても、奴らはRPG-7をぶち込んでくるのだ。 撃ち返さなければ、死ぬ。今更知り切った事実が胸をよぎると同時に、ハンビー隊の銃座は一斉に応戦開始。ミニガンの、束ねられた六本の銃座が回転を始めた刹那、七.六二ミリ弾のシャワーが 学校の屋上を薙ぎ払うようにして放たれる。野獣の唸り声のような銃声が響き渡り、視界は銃口で絶えず放たれる弾丸の発射炎で埋め尽くされていった。 毎分三〇〇〇発に達する銃弾の雨は、敵の攻撃を黙らせるかと思われた。しかし、屋上が駄目ならばと言わんばかりに敵は二階の窓へと攻撃の拠点を変更。猛射に負けることなく、こちらも激しい 銃撃で応じる。 再び、白煙が学校のどこかから上がった。まずい、とアレンが唸り声と炎を上げる鉄の怪物を突きつける頃にはすでに遅く、前方を行くハンビーにRPG-7の弾頭が飛び込んだ。防弾仕様の車体はい とも容易くブチ抜かれ、内部で巻き起こった衝撃と爆風の嵐は戦友たちを木っ端微塵に吹き飛ばす。悲鳴は聞こえない、それよりも爆音と銃声が上回った。 「数が多すぎる、後退だ!」 畜生、最悪の事態だ――アレンはミニガンで必死に応戦を続けるが、いつまで持つか。味方の損害を見た指揮官は咄嗟に後退を命ずるが、後部座席のダンがそれに待ったをかけた。後方からも敵兵 が多数、RPG-7を持った奴もいる。ここで下がれば、敵は待ってましたとばかりに十字砲火をかけてくるに違いない。 残された手段は、前進。とにかくこの猛攻を突っ切るしか生き残る術はない。進むか下がるか迷うハンドルを握る現地世界出身の兵士に、フォーリーは進めと命じた。生き残ったハンビーもこれに 続く。 とは言え、学校の前を行った先はまたしても家屋に挟まれた狭い車道だ。突っ込めば案の定、右から左からと敵兵が沸いて出てきてありったけの銃撃を浴びせてくる。屋上からの狙撃も加わり、も はやアレンはミニガンを照準も何もなしに、滅茶苦茶に乱射するしかなかった。 ガッと車体が揺れて、何事かと振り返る。敵の車が、道を塞いでいた。ご丁寧に荷台には重機関銃を載せており、飛び乗った敵兵が弾を装填しようとしている。ふざけんな、と重い鉄の塊をぶん回 して、ありったけの七.六二ミリ弾を叩き込んでこれを阻止。ボロ雑巾のように吹き飛ばされる敵の死体だったが、道を塞ぐ車は動こうとしない。 「押せ、押し通れ!」 躊躇するドライバーに、助手席に座るフォーリーが指示を飛ばす。ヤケクソ気味にアクセルを踏んだ彼は、ハンビーを障害物と化した車に向けて体当たりさせる。衝撃、銃声と着弾音に混じって目 立つ、鉄の軋む音。軍用車両のパワーにはさすがに負けて、道を塞いでいた敵の車はぐいぐい押し込まれていく。そのまま交差点の奥にぶち込み、ハンビーは一旦ハンドルを切って右折する。 狭い道路は、それでもまだ続いていた。四方八方から飛び掛ってくる銃弾も絶えず、車両部隊は傷つきながら出口の見えない迷路を彷徨う。 ウッと車内で悲鳴が上がり、後部座席に座っていた現地世界出身兵がひっくり返り、窓ガラスを鮮血に染めた。銃座からでは助けられず、また助ける暇もない。ダンが被弾した彼を助け起こしてく れたようだが、何も言わずに放り投げた。死んだ瞬間、人は人ではなく死体という物になる。 この野郎! 怒りが込み上げてきて、アレンはそれをミニガンに乗せた。相当長い間連続射撃しているにも関わらず、六本の銃身を束ねた機械の獣はさらに吼えた。唸る銃声、絶え間ない銃弾の雨。 不運にも銃口の先にあった家屋のバルコニー、そこにいた二人の敵兵が銃撃を浴び、文字通りミンチにされていく。ざまあみろ、と罵る言葉をかけようとした瞬間、フォーリーの声が飛んだ。 「RPGだ! 正面の家屋、屋上!」 振り向きかけたその瞬間、世界がひっくり返ったような衝撃を受けた。横転する視界、揉みくちゃにされる思考。状況の理解が進まぬうちに、彼の意識は一旦闇へと落ちる。 目を覚ましたのは、ほんの数秒後だった。見出したのは、車体が真っ二つに割れたハンビーと、後方から駆けつけ、結局はパンクし動かなくなったまた別のハンビー。灰色を基調にした都市型迷彩 を着込んだ兵士たちが、手にした銃で必死に応戦しつつ、近場にあった家屋に逃げ込もうとしている――アレン、と誰かが自分を呼んでいた。その一言で、ようやく正気に返った。そうだ、RPGの 攻撃を受けたんだ。 「アレン、立て! そこじゃいい的だ!」 ハッと、地面に寝転がった姿勢のまま声のした方向に振り返る。ダンが、逃げ込んだ家屋の扉から身を乗り出し、手にしたSCAR-Hライフルを目茶目茶に撃ちまくっていた。直後、目の前をピュンピュ ンと銃弾が駆け抜けていき、土埃が舞い上がる。慌てて立ち上がり――幸い、武器は手放していなかった。フォアグリップとダットサイトを搭載したM4A1は、しっかり手に握っている――家屋の中 へ飛び込んだ。敵兵たちはなおも銃撃を続けるが、分厚いコンクリートの壁がそれを防ぐ。 「みんな無事か?」 「Hooah……」 ひとまず、生き残った者は全員この家屋内に逃げ込んだらしい。フォーリーからの問いに、疲れたようにレンジャー特有の肯定の意味を込めた返事を返す。残ったのはわずか数人、いずれも米軍。 どうやら現地世界出身の兵たちは一人残らず全滅したようだ。 「軍曹、奴ら上の階にいるようですぜ」 窓際に近寄らないよう――まだ外には敵がうようよしているのだ――家の中を少し進むと、天井からドタドタと足音が聞こえる。まさか家人である訳もないだろうからダンの言う通り、敵兵たちが いるのだろう。この先、味方はまだ展開していないはずだ。今のうちに排除せねば、せっかく命拾いしたのにまた袋叩きにされてしまう。 「よし、二階を制圧するぞ。Move! Move!」 へいへい、了解。今更ビビッたりもせず、アレンはフォーリーとダン、他数名の戦友たちと共に銃を構えて歩みを進めた。右手の方に階段が見えたが、敵の姿はまだ見当たらない。 フラッシュバンだ、と指揮官からの命を受けた味方の一人が閃光手榴弾のピンを引き抜き、階段の奥へ向けて投げ込む。数瞬した後、ドンッと炸裂音と共に光が瞬く。いちいち指示を仰ぐことなく M4A1を構え、ダンのバックアップを受けながらアレンが階段を昇る。二階に上がるなり、目にしたのは目元を押さえて苦しむ敵兵。躊躇することなくダットサイトの照準に捉え、引き金を引く。短 い悲鳴と共に、敵は銃を投げ出し床に倒れこんだ。もう一発、閃光手榴弾を味方に警告の上で二階の奥へと放り投げた。起爆前に目を覆い隠して、炸裂音を確認すると同時に突入。やはり怯んで反 撃もままならない敵に向けて、戦友たちと共に銃弾を叩き込んで制圧する。 クリア、と右手でM4A1のグリップを握ったまま、左手で彼は後方に向けて親指を立てた。ここにもう敵はいない。ふと窓の向こうに目をやれば、見覚えのある建物が視界に映った。 「フォーリー軍曹、あの学校ってさっきの……」 「ああ、間違いないな」 確認するようにフォーリーに尋ねると、彼は頷きながら答えた。 アレンが目にしたのは、敵が陣取っていた学校だ。どうやらグルッと回って一周してきたらしい。未だ交戦中のようで、窓や屋上でマズルフラッシュがチカチカと瞬いているのも確認出来た。 味方の一人が、どこからか拾ってきた棒切れを持ち出す。何をするのだろうと怪訝な表情で見守っていると、彼は口に含んでいたガムを棒切れの先につけて、同じく家屋の中で拾ったと思われる割 れた鏡の一部を棒にくっつけた。なるほど、これでわざわざ窓際に立たずとも、敵陣の様子が観察できると言う訳だ。狙撃される可能性はぐっと減る。 ローテクここに極まれり、だな。感心したような口調で鏡の付いた棒切れを部下から受け取り、ダンが窓際に近寄った。鏡のみを窓から突き出し、敵情を報告。 「軍曹、どうやら学校の中でドンパチやってるようですぜ。救援要請のあったタスクフォースの連中かも」 「なら話は早い、任務はそいつらの救出だ――アレン、通信機のチャンネルをオープンにして連中と連絡が取れないか?」 指揮官に言われるがまま、兵士は個人用の携帯通信機のスイッチを操作するが、片方の耳に差し込んだイヤホンから流れてくるのは雑音ばかりだ。通信機が破壊されたにしても、管理局の魔導師は 念話と言う一種の通信魔法がみんな使えるはずだから、相手が救援を求める限り通信機はその声を拾うはずであるのだが。 『――……求む! こちらBCT――救援もと――繰り返す、こちらBC――』 「!」 受信する周波数の設定を弄り回していると、雑音紛れで途切れがちながら、確かな救援要請が入った。BCT1、管理局と米軍のタスクフォースに違いない。発信源までは特定できなかったが、個人用 の携帯通信機が拾った以上はそう遠くではないはずだ。 「軍曹、断定は出来ませんが近くにタスクフォースがいるのは間違いなさそうです。いるとすれば、やはりあの学校の中とか」 「よし、それだけ分かれば充分だ。分隊、学校を目指すぞ」 やれやれ、休む間無しか――文句の一言も言いたくなるが、誰も実際に口にすることはなかった。自分たちの助けを求める仲間が、あの学校の中にいるかもしれないのだ。 銃の状態を点検し、残弾を確認。フォーリー軍曹の指揮する分隊は家屋を出で、学校を目指す。 この第三三五管理世界は、地球で言うところの発展途上国に等しい部分が多数見受けられた。住人の全体的な識字率の低さも、その一つだ。 進出してきた管理局は、この問題を解決するために学校の建設や教育の補助、支援を現地世界の暫定政府に行ってきた。後に米軍も慈善事業の一環からこれに加わり、学校建設と教育は大幅に進ん でいった。 もっとも、アレンたちが突入した小学校ではすでに授業など行われていない。子供たちの遊ぶ声や勉学に励む姿はそこになく、代わりに居座っているのは暫定政府による統治を拒む武装勢力だ。飛 び交うものも勉強に関する質問や教師の熱弁ではなく、弾丸や手榴弾と来ている。 「BCT1、聞こえるか? こちら救援のハンター2-1だ、学校内に侵入した。抵抗は――」 分隊支援火器のM249軽機関銃による味方の援護射撃を受けながら、学校内に突入するなりフォーリーが通信機に向かって呼びかける。応答は、ない。銃弾の雨が歓迎するように廊下の奥から降って くるだけだ。積み上げられた土嚢の陰に飛び込み、何とか逃れる。通信は中断、応戦開始。 廊下で騒ぐなって先生に教えられなかったのか、こいつら。滅茶苦茶に撃ちまくってくる敵に場違いな嫌悪感を覚えながら、アレンは手榴弾を持ち出した。隣にいたダン、フォーリーに目配せし、 二人がこちらの意を理解して頷いたのを確認した上で、ピンを"抜かずに"手榴弾を廊下の奥へと投げる。悲鳴にも似た警告らしい声が上がると同時に、バッと兵士たちは飛び出す。 作戦はうまく行った。いきなり手榴弾が投げ込まれたことで驚いた敵兵たちは、ピンが抜かれていないとも知らず我先に逃げ出そうとしていた。それが罠だと気付いた時にはもう遅く、逃げる背中 に五.五六ミリ弾が容赦なく叩き込まれる。そのまま一気に前進、敵との距離を詰めていく。 指揮官の命令を受けて、アレンは先頭に立った。二階に昇る階段に辿り着くと、右半身だけ銃口と共に曲がり角から身を乗り出す。階段を今まさに駆け下りようとしていた敵がダットサイトのど真 ん中に自ら入り込んで、引き金を引く。二秒ほどの短い連射、響く銃声、放たれる弾丸。アッと短い悲鳴を上げて、敵はひっくり返った。 階段クリア、と手短に後方に向けてサインを送り、二階へと昇る。武装勢力の連中は外で援護射撃を続ける味方に気を取られ、みんな窓の外に銃を向けていた。いちいち忍び寄るような真似もせず アレンたちはM4A1やSCAR-Hの銃口を無防備な背中に突きつけ、銃弾を叩き込んでいく。 さらに奥へと進むが、通信にあったBCT1らしい姿は見えてこない。代わりに現れたのは、学校の机や椅子などで築かれた防御陣地と――パッと白煙と閃光が上がるのと、誰かの警告が飛ぶのは果た してどちらが早かっただろうか。次の瞬間、学校全体が揺れたとも誤解しそうなほどの爆風が巻き起こった。衝撃波が分隊を襲い、まとめてアレンたちを薙ぎ払う。 「うわぁ!?」 コンクリートの壁に叩きつけられ、意識が数瞬ほど飛んだ。グラグラと揺らぐ視界の最中、灰色の迷彩服を着た兵士たちが同じように吹き飛ばされ、それでも立ち上がろうとしているのが見えた。 フォーリーとダンに違いないだろうが、それよりもアレンの意識は廊下の奥へと集中する。フラフラの頭が見出したのは、対戦車ロケット、RPG-7を再装填しようとしている敵兵たち。 奴ら、屋内でRPGを使ったのか――下手をすれば味方も巻き込みかねない攻撃に、しかし彼らが泡を食らったのは事実だ。 フラつく身体に喝を入れて立ち上がろうとするアレンだったが、脳震盪を引き起こしたらしい。ぼやける思考は敵兵よりも、爆風と衝撃で千切れた天井の電気ケーブルが、バチバチと火花を散らし 垂れ下がる方ばかりを鮮明に映し出していた。 ――その火花の真下に、光の球のような物体が浮かんでいることに気付く。何だあれは、と疑問が脳裏をよぎるよりも早く、物体は文字通りの魔法の弾丸となったように急激に加速。RPG-7の再装 填を終え、憎き米軍兵士たちにトドメを刺そうとしていた敵兵に突っ込む。悲鳴と同時にひっくり返る敵、放り投げられる対戦車ロケット。 「伏せてろ!」 唐突に、背後から浴びせられた若い男の声。振り返るまでもなく、アレンは兵士の本能に従い身を廊下に横たえた。直後、頭上を自分たちのそれとは明らかに異なる弾丸の群れが、廊下の奥、敵の 築いた防御陣地に向けて降り注がれる。 一発一発が高初速、大威力の弾丸に襲い掛かられた防御陣地は無力だった。机や椅子は簡単に弾け飛び、その向こうにいた敵兵すらもまとめて殴り倒す。隠れるところがなくなった武装勢力は銃を 構えて抵抗を試みるも、続いて飛び込んできた弾の雨が彼らを問答無用で沈黙させていった。 最後の一人が手にした銃を無茶苦茶に乱射し、結局は正体不明の奇妙な弾丸を頭に受けてひっくり返って動かなくなった時。ようやく、アレンは身を起こしてゆっくりと振り返る。助けてくれた以 上は敵でないことは明らかだが、心のどこかで恐れにも近い感情があったのだろう。 そんなことは露とも知らず、彼の背後に立っていた若い男は笑みを浮かべて、彼に手を差し伸べる。「よう戦友、大丈夫か?」とこちらを気遣う声さえ投げかけてきた。 アレンは、差し出された手は握らず――自分で立てると、無言の意思表示だった――M4A1の銃床を杖のようにして立ち上がる。ここで初めて、助けてくれた男の顔を見る。 男の顔は一言で言って、端整な顔立ちだった。まだ二〇代も前半の若者、しかし瞳に宿る光は自信に満ち溢れているように感じた。こんなくそったれな戦場には似合わない、白い戦闘服がそれに拍 車をかける。管理局の魔導師かと思ったが、手にしているはずの魔法の杖は杖の形をしていなかった。代わりに、彼が持っていたのは拳銃。もっともこれも、アレンの持っているベレッタM92Fに比 べれば玩具のようなデザインだったが。 「助かった。米陸軍第七五レンジャー連隊のアレン上等兵だ」 「アレン君だな? 俺はミッドチルダ首都航空隊所属の――ああ、今はBCT1に派遣されているティーダ・ランスターと言う。ただいま歴史の授業をサボり中」 「BCT1だって?」 いきなり、自己紹介に割り込んでくる黒人の声。振り返れば、フォーリーがダンに助け起こされる形ですぐ傍まで来ていた。 「……失礼、俺はフォーリー軍曹、こっちはダン伍長だ。我々はBCT1の救援に来た」 「なんだ、あんたたちか。ありがとう、ちょうど人手が欲しかったんだ」 「人手?」 聞き返すダンに、ティーダと名乗った管理局の若い魔導師は頷く。こっちだ、と案内されるがままについて行くと、扉が閉められた教室に辿り着く。 扉を開けば、米軍所属の灰色主体の迷彩服を着た兵士からバリアジャケットの管理局の魔導師が数名、各々武器を手に彼の帰還を待っていた。いずれも負傷しており、中には床の上に横になって完 全に戦闘能力を消失した者もいる。 「学校の中の敵はおおむね制圧した。悪いが、重傷者を運び出すのを手伝ってくれ。治療魔法にも限界があってな」 「なるほど、了解だ――しかし、お前は無傷なんだな」 「当然さ、俺は綺麗好きなんだ」 ニヤリと調子のいい笑みを浮かべるティーダを余所に、兵士たちは言われるがまま重傷者を教室から運び出す。 学校内の敵は制圧したが、外ではまだ銃声が響いている。友軍との合流を急がねばなるまい。 「――負傷者は私のヘリに乗せろ、急げ」 屋外でまだわずかに残っていた敵を掃討した後、友軍と合流するなり、アレンは聞き覚えのある声を耳にした。 見れば、護衛の兵士たちと共に歩み寄ってくる将校の姿。首元に縫い付けられた星は、大きい上にでかい。何より目に付いたのは、ホルスターに収められた大型のリボルバー拳銃だ。橋を渡る直前 で、自分を助け起こして喝を入れていた将軍。なんと言ったか、確か名前を―― 「シェパード将軍」 答えは、意外なところから出た。共に学校からの脱出に成功した、ティーダの口からだ。知ってるのか、と聞くと、彼は「ああ」と素直に答えた。「俺をスカウトしにきた、お目の高い方だ」とも 付け加えて。 「よくやった、アレン上等兵、ティーダ一尉。これより諸君らは私の指揮下に入る。詳細はヘリの中で話そう」 「…はい? なんですって?」 いきなり告げられた命令に、頭は混乱してしまう。おまけに、隣の若者は自分よりもはるかに階級が上と来た。視線を振り向ければ大して悪びれた様子もなく、彼にとっての魔法の杖たる拳銃を手 のうちでくるくる回すティーダの姿があった。 戸惑う兵士を余所に、シェパードと呼ばれた将軍は彼らをヘリへと案内し、こう言った。 「ようそこ、"Task Force141"へ」 戻る 次へ
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Call of lyrical Modern Warfare 2 第18話 Paratrooper / "救出作戦" SIDE Task Force141 七日目 0831 グルジア・ロシア国境付近 ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹 カチ、カチと通信機のスイッチを音を鳴らしてオンとオフを繰り返す。森に潜む身としてはそんな些細な音でさえ隠してしまいたいところだが、ローチにとってはそれが唯一の希望でもあった。孤立無援、追われる身とあっては例えほんの一筋であっても、希望の光に手を伸ばすことが生きることに繋がっていたからだ。 かすかに、朝を迎えてまだ数時間も経っていない深い森の中で、人の気配を感じた。登っていた木から飛び降り、着地の音に顔をしかめながらも衝撃を受け止め、茂みに身を隠す。こちらの武器はアサルトライフルのACRの他は持っていない。森に逃げ込むまでの逃避行で、いくつかの装備はすでに無くしてしまっていた。感じた気配が敵であるなら、今はひたすら隠れてやり過ごすしかない。ACRにしても残弾は心細い領域に至っていた。 どうか敵ではありませんように――祈るような気持ちで茂みに伏せていて、ローチはふと仮に敵が来たのならどっちの"敵"なのだろうと考えた。もはや敵は、マカロフ率いる超国家主義者たちだけではない。ゴーストを撃ち、ティーダや他のTask Force141隊員を焼いたシェパード将軍とその私兵も敵だった。 自分たちの司令官であった男が何故こちらを追ってくるのかは分からない。しかし敵は、間違いなく焼いた遺体を律儀にも数えていた。その数が合わないと見るや、黒尽くめの兵士たちが連なって生き残りを探しにやって来た。生き残りとはすなわち、ローチ自身だ。 くそ、冗談じゃないぞ。胸のうちで悪態を吐き捨てて、彼は銃のグリップを握り締めた。訳も分からないまま、殺されてたまるか。チェストリグのポーチに詰め込んだ手帳は、戦友の形見だ。こいつを渡すべき人が、俺にはいるんだ。 茂みの中から視線を張り巡らせて、ついに気配の正体が分かった。分かった瞬間、ローチは息を吐いて心の底から安堵した。人の気配だと思っていたのは、実際にはクマだった。とりあえず敵ではない。しかもクマはこちらに気付いた様子もなく、鼻を鳴らしてのっしのっしとその巨体を進めていた。まるで森の主だった。 森の主である野獣は、最後までローチには眼もくれなかった。彼が通信機のアンテナを伸ばして登っていた木を不思議そうに見た後、再びのっしのっしと歩いて何処かへと去って行った。向かってきたら銃で応戦するほか無かったが、クマは気付かなかったのか、それとも無視したのか、とにかくどこかに行った。案外、ローチが隠れているのは知っていたけども見逃してやったのかもしれない。 「すいませんね、クマさん。もうちょっとあんたの森にお世話になるよ」 茂みの中から立ち上がり、ローチは再び木に登った。通信機のスイッチを弄り、周波数をずらしてまたオンとオフを繰り返す。モールス信号のように間隔を置いたり置かなかったりの電源のオンとオフは、まさしくモールス信号だった。ジッパー・コマンドと言って通信機のスイッチオンとオフを繰り返した時の音で「了解」の意を伝える行為を応用し、彼はSOSを発信していたのだ。アフガニスタンにまで届くよう、道中で見つけた敵の――この場合は超国家主義者だ――遺体から通信機を剥ぎ取り、バッテリーを抜き取って出力を上げた。もしもマクダヴィッシュ大尉やプライスが生きているなら、この信号を拾ってくれるはずだ。あえてモールス信号にしたのは、直接音声でやり取りすれば敵に傍受されて自分の生存がすぐバレてしまうからだ。いずれにしてもこれがSOSを示すモールス信号であることは分かってしまうだろうが、こちらの生存に気付かれるのを遅らせることは出来る。 とはいえ、アフガニスタンに向かったマクダヴィッシュ大尉たちの部隊がどれほど生き残っているかはローチにも分からなかった。この信号に気付いたとしても、救援が来るとは限らない。おそらくは彼らも同じように、シェパードの私兵に攻撃されているのは分かっていた。それでも、と万に一つの可能性に彼は賭けたのだ。 万に一つ――その可能性は、現実のものとなる。 SIDE 時空管理局 機動六課準備室 七日目 0832 グルジア・ロシア国境付近 ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長 酸素マスクと一体になったヘルメットで頭部を覆っていても、唸り声を上げる風の音は聞こえてきた。風圧から眼を保護するためにバイザーを下ろしていたジャクソンは、視界いっぱいに広がる大地をずっと眺め続けている。 時間が経つに連れて、大地に立つ木々や流れる川、聳え立つ山の表面が少しずつ明確なものになっていく。時折右腕に装着した高度計に眼をやって、予定高度にまで降下するのを待つ。 彼は降下していた。地球の重力に引かれ、真っ逆さまに大地に向かっていたのだ。時速は二〇〇キロを超えており、このまま行けばジャクソンは地面に激突して潰れてしまう。無論そうならないための装備は備えており、彼の他に同じく降下する二人の仲間も同様の状況にあるのだが、常人であれば少なからず恐怖を覚えることだろう。しかし、降下していく兵士に動揺の様子は見られない。冷静に高度を見極め、大地をまっすぐ見据える姿はまさしくプロフェッショナルだった。 いいや、そうじゃない――ジャクソンは脳裏によぎった思考を否定する。怖いさ、怖くてたまらない。誰だってそうだ。俺は特別じゃない。ただの兵隊、やろうと思ったことをやってるだけだ。 「開傘まで残り三〇秒。準備はいいか」 通信機と繋がったマイクに向けて、声を発する。二人の味方からは間髪入れずに「問題無し」「いつでもいいぜ」と返答があった。頼もしい仲間、しかしこれから向かう先は"敵地"だ。いかに優秀といえど、たった三人の兵士が立ち向かうのは無謀過ぎる。それも作戦のうちなのだが。 高度計に目をやる。安全に降下出来る高度まで、残り一〇秒を切った。ジャクソンは腰にあるフックを掴み、酸素マスクの内で声に出して残り時間をカウント。 「五、四、三、二、一、今!」 フックを引く。途端に、迷彩色が施されたパラシュートが背中に背負うパックよりスルスルと伸び、勢いよく開いた。グッと身体を引っ張られるような衝撃を感じた後、風のうなり声が弱まるのを確認した。眼下に迫る木々や川といった風景も、明らかにゆっくりと流れていく。降下速度は大きく落ちた。これなら安全に着地出来る。 上を見上げてパラシュートの展開を目視して、それからジャクソンは周囲を見渡した。同じように、開かれたパラシュートが左右に一つずつ、合計二つ見える。仲間たちも問題なく降下出来るようだった。 木々に串刺しになったりしないよう、適当な着陸地点を探す。右下の斜面に適度な空き地を見つけた。本当は平地が望ましいが、贅沢は言っていられない。指で味方に着陸地点を指示し、パラシュートを巧みに操って降下していく。 慎重に操作した甲斐あって、着陸は難なくこなせた。地面に足が接地し、捻挫しないようあえてジャクソンは崩れるようにして転んだ。ドシンッと着地の衝撃はあったもの、身体に異常は感じない。巻きついたパラシュートを手早く外し、見つからないよう素早く手元に手繰り寄せる。 一通りの撤収が済んだ後、ヘルメットを脱ぎ捨てた彼は腰の後ろに回していたM4A1カービン銃を構えた。フォアグリップとダットサイト以外は装備していない、いたって平凡なもの。 周辺を警戒してみたが、どうやら敵はいないらしい。その間にも二人の味方が彼のすぐ傍に降下してきて、同じように着陸してパラシュートを手早く畳んでいる。それが済むと、二人は銃を手にしてジャクソンの下に集まった。 「どうやら上手く敵の目は欺けたようだな」 G36Cを持つ白人のこの男はギャズと言う。イギリスSAS出身の精鋭だ。 「らしいな。不可視の魔法をかけると言われた時は怪しいと思ったが」 M249機関銃を持つ黒人男性はグリッグ。ジャクソンと同じく、米海兵隊出身だ。 グリッグの言う不可視の魔法と言うのは、降下作戦前に彼らの仲間がかけてくれた文字通り魔法のことだ。発見される可能性の低いHALO降下を選んだが、それだけでは不完全と睨んだ彼らの指揮官が提案した。降下中は仲間内にしか見えなくなるものだと言われ半信半疑だったが、ここに至るまで"敵地"であるはずの大地に何も動きが見られなかったのを見るに、機能を果たしたのだろう。 「俺はまたお前だけはぐれて余計な一手間があると予想していたぞ」 「よせやい、人のトラウマほじくり返すんじゃねぇ」 ジャクソンに言われ、グリッグは露骨に顔をしかめた。降下作戦で、この黒人兵士はいい思い出がない。今回は上手く行っただけに、なおのこと過去のことは触れて欲しくないに違いなかった。 「それで、例のローチとかいうのはどこにいるんだ」 じゃれ合いに興味のないイギリス人が淡々と任務に関わることを口にして、二人のアメリカ人は顔を見合わせ黙った。 「敵がまだそいつを探してるってことは見つかってないんだろうが、こっちにも分からないとなれば…」 「だから、敵を利用するんだ。この先に超国家主義者たちが使っていた拠点がある。今はシェパードの私兵部隊がそっくりそのまま使ってる」 チェストリグのポーチから地図を広げて、ジャクソンはギャズに見せ付けた。赤い印をつけているところが、まずは目指すべきシェパード私兵部隊の拠点だ。 「"アースラ"からの上空偵察では、敵は一度捜索を終えると必ずこの拠点に戻っている。たぶん捜索記録か何かあるはずだ」 「ずいぶん詳しいな、ジャクソン」 「敵も元米軍だろうからな」 なるほど、とギャズは納得し、立ち上がった。ジャクソンとグリッグも合わせる。三人は銃を構え、一列縦隊で歩き始めた。目指す拠点まで、約五キロの道のりだった。 地上でも不可視の魔法の効果が続いてくれればよかったのだが、そう都合よく物事が進むものでもない。ジャクソンたちは息を殺して山を下り、目的地へと向かっていた。 途中、何度か黒尽くめの兵士の部隊と遭遇しそうになり、その度に彼らは木陰や草むらに身を寄せ、やり過ごしていた。絶対的な戦闘能力では機動六課準備室の魔導師たちの方が圧倒的に上だが、彼ら兵士は目立たないというのが最大の利点だった。実際、白やら赤やら目立つ色をしたバリアジャケットや騎士甲冑では発見されていたかもしれない。不可視魔法は案外長続きせず、魔力も案外消費が激しいため、隠密任務という点ではジャクソンたちの方がずっと適任なのだ。 時間をかけて目的地であるシェパードたち私兵部隊の拠点、山中にぽつりと建てられたロッジに辿り着いた頃には昼近くなっていた。草むらに潜むジャクソンは敵が先にローチを発見してしまうことを恐れたが、どうやらその様子はない。ロッジの周囲に立つ黒尽くめの兵士たちに、撤収や警戒を敷いている気配を感じられなかったからだ。 「奴ら、緊張感が足りないようだぜ。タバコ吸ってる奴もいる」 「もうここらに敵はいないと思ってるんだろう。ギャズ、いつものだ。頼む」 隣にグリッグを残して、ジャクソンはギャズにロッジの裏に回るよう頼んだ。元SASの彼は同時に機械の扱いにも手馴れており、小細工が得意だった。 ギャズが傍を離れてからも双眼鏡でロッジの様子を確認する。派手な銃撃戦をやらかした後らしく、ロッジの壁は銃弾の痕が蜂の巣のように生々しく残っていて、窓ガラスも割れたままだ。入り口はいくつかあるようだが、正面玄関には大破した軍用車両が放置されている。おそらくは超国家主義者のものだろう。 肩を叩かれて、ジャクソンは振り返る。グリッグが「あれを見ろ」と指で方向を示していた。正面玄関から左側、長い斜面を下った先だ。何かが燃えているらしく、黒い煙が上がっていた。 双眼鏡で煙の元を見たジャクソンは、露骨に顔をしかめた。燃えているのは人だ。黒尽くめの兵士たちが、死体に油をかけて燃やしていた。すでに黒焦げになったものの上に、新しい死体を積み重ねている。その最中に、かろうじて焼け残った部隊章を見つけた。人間の頭蓋骨に剣と翼を彩った部隊章。Task Force141のものだ。シェパードは自分の部下を裏切るばかりか、ゴミでも焼くようにしている。そう思うと、腸が煮えくり返る思いだった。 「ギャズ、配置に就いた。いけるぞ」 双眼鏡から眼を離し、通信を聞いたジャクソンは突入準備に入る。この怒りはまずロッジにいる敵兵たちに受けてもらおう。 サイレンサー装備のM4A1を持ち出すと、グリッグも準備OKと合図してきた。ギャズに突入用意よしと伝え、戦闘開始。 ロッジの裏から、何かが飛び出してきた。正面玄関の大破した車両とは対照的な、まだ真新しい様子のジープだ。運転席には誰も乗っていないが、アクセル全開で斜面を下っていく。シェパードの私兵たちの視線は、否応無しに無人のジープに向けられた。「誰が運転してるんだ?」「おい、止めろよ」と完全に思考は釘付けにされていたのだ。 直後、彼らを草むらから放たれた静かな殺意が襲う。あっと短い悲鳴を上げて黒尽くめの兵士の一人が倒れ、隣で慌てふためく仲間の背中にも弾丸が叩き込まれる。 「GO!」 ジャクソンはグリッグと共に草むらを飛び出した。先の戦闘で爆破されたせいで扉のない正面玄関に突っ込み、リビングでテーブルの上に地図を広げていた私兵たちに銃口を向けた。敵も銃を引き抜き抵抗しようとしたが、奇襲で面食らったその動きは緩慢なものでしかない。歴戦の海兵隊員が二人がかりで正確かつ素早い銃撃を叩き込み、片っ端から敵兵たちを沈黙させていく。最後の一人は逃げ出そうとして、割れた窓から侵入してきたギャズのG36Cに撃たれて死んだ。 あっという間に静かになったロッジの中で、ジャクソンの目論見は見事的中した。テーブルに広げられた地図に、ご丁寧にすでに捜索した地域とそうでない地域が塗り分けされていたのだ。捜索隊のローテーションまで残されていたのはまさしく幸運だろう。 「捜索範囲は五つに分けられているな。AとB、それからDとEはすでに捜索済みか」 早速グリッグがローチがいそうな場所に目星をつける。残るCのエリアはまだ捜索されていない。ローチが潜んでいるとしたら、そこだろう。 「捜索隊は今Eエリアから帰還中のようだ。まずいな、帰還する旨を伝えた無線はもうだいぶ前だぞ。ここに戻ってこられると俺たちの存在がバレる」 「罠を仕掛ける時間も無し、だな。ギャズ、動く車両があるなら運転してくれ。Cエリアに行こう、連中より先に」 ジャクソンに言われてギャズは頷き、早速裏口にあるトラックを一台玄関へと回してきた。目立つが、動く車両は他にない。今は敵に気付かれる前に動き、ローチを見つけることが最優先だった。 SIDE Task Force141 七日目 1011 グルジア・ロシア国境付近 ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹 静かな森の中で、不意に発生した自動車の音に鼓膜を叩かれて、ローチはハッとまどろみの中から現実に舞い戻った。どうやら居眠りしてしまっていたらしい。追われる身という立場はそれだけで精神を磨耗し、ましてや来るか来ないか分からない援軍を待つというのは想像以上に過酷なものだった。いかに鍛えられた兵士と言えど、眠ってしまうのも無理はない。 ――それでも、失態だったには違いない。くそ、間抜けめ。ローチは身を伏せたままアサルトライフルのACRを構えなおし、自分を罵った。命の危険に晒されているのに、居眠りする馬鹿がどこにいる。自動車の音は彼への警告だった。敵がいよいよこの付近の捜索を始めたのかもしれない。 疲れきった身体は起き上がるにもいちいち抗議の声を上げるが、強引に押し切り、音の根源を探りに行く。もしかしたら通りがかった民間人かもしれないし、シェパードの私兵部隊であれば早急に隠れるか逃げるか、何かしらの対処をせねばならない。相手を迎え撃つ、という選択肢は念頭に無かった。時間稼ぎのために森の中に設置した罠を駆使して、ひたすらに逃げる。ACRの残弾はあまりに心細い状態だったからだ。 太い樹木に身を寄せて、少しばかり周囲より盛り上がった地面から森の外の様子を伺う。はるか向こうで、何かが蠢いていた。肉眼だけでは敵なのかどうか区別がつかないが、トラックらしき車両が止まっているのが見えた。見るからに軍用のそれは、おそらくはシェパードの私兵部隊のものだろう。ということは、ついに奴らがこの森にまで捜索の手を伸ばしてきたのだ。自分を殺すために。 くそったれ、簡単に殺されてたまるか。ローチはその場を離れ、まだ手元に残っていた一発の手榴弾を持ち出した。ピンとワイヤーを繋いで、適当な木と木の間に括り付ける。なんのことはない、ワイヤーに気付かず足を踏み入れればピンが抜けて、手榴弾が爆発する古典的トラップだ。本来ならクレイモア地雷を駆使して敵の出鼻を挫きたいところだが、手持ちの装備で出来ることはこれが限度だった。 罠の設置が完了すると、自分が設置したそれに引っかからないよう注意しながら足早に森の奥へと急いだ。こうしている間にも、あの黒尽くめの兵士たちは迫っているかもしれない。 その時、片方の耳に突っ込んでいたイヤホンに応答があった。通信機と繋がっているそれは、何処から放たれた電波を拾ったのである。 ≪ローチ、聞こえるか? こちらは……あー、プライスとソープ、マクダヴィッシュ大尉の要請を受けてやって来た救出部隊だ。応答してくれ≫ 自分の耳を疑う、とはこのことだ。通信機に飛び込んできた電波の主は、プライスとマクダヴィッシュの名前を出してきた。おまけに救出部隊と来た。一日経っても見つからないローチの捜索に業を煮やしたシェパード私兵部隊は、ついにプライス大尉とマクダヴィッシュ大尉の名を利用して誘き出すつもりなのか。いずれにせよ、この状況で唐突に救出部隊といわれても信用できるはずがなかった。否、長く追われる身として過ごしたローチはもはやプライスかマクダヴィッシュの本人たちでなければ信用できなくなっていたのだ。脳裏には、シェパードに撃たれた瞬間の仲間たちの姿が焼きついていた。ゴースト、そしてティーダ。 ≪応答してくれ、頼む。俺はジャクソンという。ソープとは戦友だ。今から森に入る。撃たないでくれよ≫ ――しかし、もしも本当に救出部隊だったとしたら? ほんの一筋の疑問が、ローチの胸に宿る。設置した罠は敵味方の識別なく作動する。もしも呼びかけてくる彼らがその罠にかかれば、自分は今度こそ本当に孤立無援となるだろう。誰も助けに来てくれない。降伏は無駄だった。黒尽くめの兵士たちはTask Force141の兵士たちの死体を集め、その数をきっちり数 えている。 森に入ってくると言う彼らは敵か、それとも味方か。ローチに、判断する術はなかった。 SIDE 時空管理局 機動六課準備室 七日目 1012 グルジア・ロシア国境付近 ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長 とうとうローチからの返答は無かった。ギャズもグリッグも森の中に入るのは躊躇ったが、それでもジャクソンが先頭に立って足を踏み入れると渋々従った。 「足元に注意しろよ。精鋭特殊部隊の生き残りだ、罠も設置してるはずだ。知ってるか、日本語で窮鼠猫を噛むって――」 ピン、と金属音がかすかに響いた。得意げに日本語講座を開いていたグリッグがギョッとなって足を止める。見下げた先には何も無いように見える――あくまでそう見えるだけだ。実際のところではよほど注意深く見ていなければ分からない細いワイヤーが落ちている。 ジャクソンは落ち葉と土に混じったワイヤーを見つけることは出来なかったが、ピンが抜けた手榴弾がすぐ傍の木の幹にテープで貼り付けられているのを偶然目撃していた。そこだけ人の手が入ったような形跡があったのだ。 躊躇うことなく飛びつき、テープごと手榴弾を木の幹から引き剥がす。勢いよく宙に放り投げたところで爆発。黒煙が森の最中で炸裂するも、ジャクソンもグリッグも無傷だった。 「無事か!?」 「お蔭様で。悪い、助かった……」 「ローチ! 聞こえるか! もう一度言う、俺たちは味方だ! お前を助けに来た、出て来い! 置き去りにしちまうぞ!」 反射的に地面に伏せたグリッグの無事を確認するやいなや、ジャクソンは首元のマイクに向けて怒鳴った。今の罠は明らかにローチが仕掛けたものだ。救出対象に殺されるなど冗談ではない。 ≪――本当に、味方なのか。あんたら、いったいどこから……≫ 爆発音は森中に響き渡った。無論、ローチにも聞こえていたのだろう。自分の設置した罠に殺されかけて、それでもなお怒りはしても見捨てはしない様子のジャクソンたちを見て、ようやく彼は通信に応じてきた。 「ああ、味方だ。どこから来たって? 空からだ。いいから出て来い、お前を確保さえしたら増援を呼べるんだ」 ≪本当か…≫ 苛立ちながらも、ジャクソンは電波に乗って飛んでくる救助対象の声に安堵の雰囲気を纏っているのを感じ取っていた。それもそうだろう、昨日からずっと追われる身でようやく助けが来たのだ。 その時、後ろで警戒配置に就いていたギャズから通信が飛び込んだ。 ≪こちらギャズだ、悪いニュースがある。黒尽くめの連中が森の中に入ってきた。どうも気付かれたようだ≫ 「何だって、早すぎるぞ――さっきの爆発音が聞こえたか」 舌打ちし、ジャクソンは自身が手にするM4A1を見た。弾は装填してある。銃撃戦を覚悟しなければいけないだろうか。 パン、パンとまさにその瞬間、銃声が響いた。ギャズのいる方向からだ。 ≪くそ、見つかった。現在応戦中――おい、ジャクソン! ローチとか言うのを早く連れて来い、敵は多数だ!≫ 「分かった! グリッグ、ギャズの援護に行ってくれ!」 グリッグが頷くのを確認した後、ジャクソンは前へと駆け出した。 予定ではローチを確保でき次第、上空で待機している『アースラ』に応援を要請することになっている。百戦錬磨の機動六課準備室の魔導師たちなら、敵の殲滅は容易い。しかし今回の任務は殲滅ではない、救出だ。派手にやりすぎればシェパードの眼に止まり、米軍が動く。『アースラ』はローチ収容のため低空に下りて来るが、対空砲火に晒されて被弾すれば今後の行動に支障を来たす。可能な限り最短でローチを収容する必要があった。 罠が設置されているであろう森の中を駆けるのは勇気無しでは到底不可能だったが、それでもジャクソンは足を速めた。通信機に「早く出て来いローチ」と怒鳴った上で。 草と木が視界を埋め尽くす中で、ふと右端の方に黒いものがよぎるのが見えた。何だと思って足を止めると、黒尽くめの兵士たちだった。奴らは別ルートでもやって来たのだ。悪いことに、彼らの視線もこちらに向けられていた。 銃口が跳ね上がるのは同時、引き金を引くのはジャクソンの方が速かった。サイレンサー装備のM4A1から静かな殺意の塊が弾き出され、シェパードの私兵部隊に飛び掛る。当たりはしなかったが、怯ませることは出来た。この隙に移動する。 敵の側面に回りこんだジャクソンは、再びM4A1の銃口を向ける。私兵部隊の兵士たちは慌てて銃を構えなおすが、もう遅い。実戦で鍛えられた正確な照準によって放たれる弾丸が、黒尽くめの兵士たちを次々と射抜く。悲鳴が上がり、何名かはたちまち崩れ落ちるようにして倒れた。 近くにあった木の幹の陰に飛び込み、反撃に備える。予想通り、生き残った黒尽くめの兵士たちが撃ち返してきた。太い木の幹は銃弾を身をもって弾き返してくれるが、撃たれるのは気持ちのいいものではない。敵の銃撃が一瞬止み、ジャクソンはすぐさまわずかに身を乗り出しての銃撃を叩き込む。撃ち、撃たれの繰り返し。とはいえ数は敵の方が上だった。このまま正面から撃ち合っていても勝てる見込みはない。 その時、ドッと爆発音が響き渡った。何事かと銃口と共に顔を突き出してみれば、黒煙が黒尽くめの兵士たちの辺りで漂っている。悲鳴が上がり、片足のない敵兵が仲間の手で引きずられていく。ローチの仕掛けた罠に、奴らも引っかかったのだ。可哀想だが、こちらにはチャンスだ。 思い切って、木の幹から飛び出す。手榴弾の爆発で動揺する敵に、あえての接近。ジャクソンが飛び出してきたことに気付いた私兵部隊はただちに応戦の構えを見せたが、M4A1からありったけの銃弾を叩き込まれ、次々と沈黙させられていく。 カチンッと小さな機械音による断末魔。M4A1が弾切れになった。すかさずM1911A1拳銃を引き抜き、銃撃を絶やさず前進続行。負傷した兵士を後方に下げていく者には手を出さず、まだ健在な者だけを狙った。 M1911A1の最後の一発が一人の黒尽くめを撃ち抜いて、敵の全員後退を確認。即座にジャクソンは再び駆け出す。戦場と化した森の中、硝煙の匂いと銃撃音を肌で感じながらローチを探す。 視界の片隅にある草むらの中で、動きがあった。走りながらリロードしたM4A1の銃口を向けるが、出てきた者を見た瞬間、彼は銃口を下げた。草むらから出てきたのは、グレネードランチャー付きACRを持った兵士。憔悴した様子でこちらも銃口を突きつけてきたが、やはり同じように銃口を下げた。本能的に、彼らは察したのだ。こいつは敵ではない。 「ローチか」 「そうだ。あんたは」 「ジャクソンという。ソープの戦友だ。まだ戦えるか」 「弾さえ分けてくれればな」 手短な自己紹介の後、ジャクソンはチェストリグのマガジンポーチからマガジンを一つ取り出し、ローチに渡す。受け取ったローチはACRにそいつを叩き込み、コッキングレバーを引いて戦闘準備完了。 「救援が来るまで持ちこたえるぞ。救援さえ来たら俺たちの勝ちは決まりだ」 「ずいぶん自信あるんだな。そんな大戦力なのか?」 にんまり笑って、ジャクソンは肯定の意を返す。見れば驚くぞ、とでも言いたげに。ローチは曖昧に頷くだけだった。 SIDE Task Force141 七日目 1044 グルジア・ロシア国境付近 ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹 ジャクソンと名乗った兵士と合流し、さらに森を駆け抜けていくと、黒尽くめの兵士たちがわらわらと押し寄せてくるのが見えた。数では圧倒的に上の奴らがしかし攻めあぐねているのは、たった二人の特殊部隊隊員が必死の防衛線を展開しているからだ。ギャズとグリッグ。もっともローチは彼らの名前をまだ知らない。 黒人兵士が、軽機関銃で弾幕を張って私兵部隊の頭を上げさせないでいる。キャップを被った髭の兵士がこれに呼応する形でG36Cを叩き込み、敵の進軍を食い止める。しかし彼らは気付かない。その後方に、文字通り裏をかいてやろうと忍び寄っていた黒い影がいることに。 ジャクソンとローチ、二人の兵士は顔を見合わせ、意向をすり合わせるまでもなく銃口を敵に向けた。それぞれが見定めた目標に向かって銃撃。裏をかくはずが思わぬ方向からの攻撃を受け、黒尽くめの兵士たちは死者を出しながら後退していく。 「遅いじゃねぇか」 M240軽機関銃を撃っていたグリッグが、口では抗議しつつ笑顔で二人を出迎えた。悪いな、とジャクソンがひとまず謝り、防衛戦に加わる。 ローチは黒尽くめの兵士たちに向かって銃撃しつつ、ジャクソンが通信機に何か言っているのを眼にした。通信を終えて、次にギャズに信号弾を上げろ、と怒鳴った。それが救援に来る者への合図なのだろう。 ギャズはG36Cから手を離し――代わってローチが銃撃する。Task Force141の仲間の敵討ちのために――太く短い銃身の信号銃を上空へと打ち上げた。木の枝を掻い潜って空で赤色に炸裂したそれは、さぞや目立ったに違いない。 ダットサイトの照準を合わせ、突き進んできた黒尽くめの兵士にACRの銃弾を叩き込む。撃ち倒したのを見届けたところで、ACRがカチンッと機械音を鳴らして弾切れを告げた。もう弾薬は残っていない。 「誰か、弾をくれ!」 叫んだところで、ふっと視界が暗くなった。視線を上げれば、すぐそこに黒尽くめの兵士。いつの間に迫ってきたのだ。至近距離にも関わらず、そいつは銃撃よりも銃による殴打を仕掛けてきた。咄嗟にローチは弾切れしたACRを盾にする。ガッと腕に衝撃が走り、銃が弾き飛ばされた。黒尽くめはチャンスと見てか、ナイフを抜く。ジャクソンが気付いて銃口を向けたが、間に合わない。 その瞬間、黒尽くめの兵士に黒い物体が飛び掛ってきた。毛むくじゃらの大きな、黒い生き物。クマだ。ナイフを持った黒尽くめの兵士は悲鳴を上げながら抵抗するが、ナイフよりもはるかに鋭い爪と牙、何よりも人間が勝てるはずのない腕力の前に勝機があるはずもなかった。クマの豪腕による一撃は、一発で黒尽くめの兵士を吹き飛ばした。 ローチは、すぐに逃げ出す。不思議とクマは追ってこなかった。もしかしたら、森を荒らす私兵部隊の兵士たちに怒り狂っていたのかもしれない。森を四つん這いで駆け、銃撃などものともせずに敵兵たちを薙ぎ払っていく。 「ローチ、無事か」 「何とか――あれか、救援って」 「いやぁ、さすがにクマに友達はいないな」 苦笑いを見せるジャクソンは、ふと上を見る。あれだ、と指差す先に、青空をバックに閃光が舞い降りてくる。桜色、金色、赤色、紫色、青色、水色、少し遅れて緑色と閃光の色は様々だ。まるで航空ショーのアクロバットチームだが、見せる演技は演技ではなかった。 桜色と金色の閃光が、宙で止まる。じっと眼を凝らせば、浮いているのは人だった。若い女、もしかしたらどちらも二十歳も超えていないかもしれない。それぞれ杖のようなものを持って、地面に向けている。 彼女らの行動を観察していたローチは、あっ、と短い声で驚愕した。宙に浮かぶ二人の少女が、杖からそれぞれが纏っていた色をしたビームとも言うべき破壊の力を振り下ろしたのだ。その先には、森の外に集結しつつあった私兵部隊の車列がある。いずれも軍用の防弾が施されたトラックだったが、放たれた光の渦は物理法則を無視したように車列をまとめて薙ぎ払っていく。黒尽くめの兵士たちは、逃げ惑うしかなかった。 続いて、赤色と紫色、そして青色の閃光が地面に降り立つ。ハンマーを持った幼い少女に、若い女剣士、尻尾と耳を持った獣のような屈強な男。森に展開していた私兵部隊の中心に降り立った彼女らと彼は、怯えきった兵士たちの銃撃もまるで無視して、暴風のように暴れ回った。ハンマーで殴られた者が吹っ飛び、防御する間もなく剣で切り伏せられる者がいて、拳と蹴りの殴打の前に倒れていく者。傍目に見れば虐殺だが、これで一人も死んでいない。せいぜい気絶だろう。 「もしかしなくても、魔導師か」 ローチの思いのほか冷静そうな声に、「何だ、知ってるのか」とジャクソンは驚く様子を見せた。 「Task Force141にも一人いたんだよ、管理局の魔導師が。シェパードに殺されたが……」 「なら、生き延びて敵討ちといこう。ほら、お迎えだ」 遅れてやってきた緑色の閃光が、彼らの元に着陸。現れたのは、戦場には場違いなロングスカートの女だった。 「ジャクソンさん、怪我は!?」 「俺は大丈夫だ。シャマル、それより彼を診てくれ、急ぎ『アースラ』に収容を」 「はい、お任せ!」 親しげな様子で会話するジャクソンとシャマルという女に、ローチはつくづく場違いなものを感じざるを得なかった。 とはいえ――生き残ったには違いない。Task Force141は、かろうじてまだ三名が生存することになる。 上空から、船が降りてきた。宇宙船だ。正しくは次元航行艦『アースラ』という。ローチたちを回収するため、衛星軌道から降下してきたのだ。すでに私兵部隊は圧倒的な魔導師たちの力の前に撤退を余儀なくされつつある。 「さぁ、お迎えだ」 『アースラ』を見上げて、ジャクソンは自分の船でもないにも関わらず、得意げに言う。 「ようそこ、機動六課準備室へ。同じ死に損ない同士、よろしく頼む」 戻る 次へ
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「スバルー、どこ行ったのー? スバルー?」 休日の日の空港は、少女の妹を捜し求める声を簡単に打ち消してしまう。大人たちはほとんど声に気付かず、あるいは気付いても所詮は他人事、せいぜいが心配そうな視線を送る程度だった。 もう、どこ行っちゃったんだろう。少しばかり疲れた表情を浮かべて、彼女は壁にもたれかかった。かれこれ一時間探し回っているが、はぐれた妹は見つからない。 見惚れてしまうような紫色の、女の子らしくリボンで結った髪を右手で掻き分け、視線は周囲を探ってみる。ひとまず目についたのは、空港の総合案内所だった。迷子の情報も、ひょっとしたら取 り扱っているかもしれない。 「あの、すいません」 「はい、何でしょう?」 案内を務める受付嬢は、子供である彼女にも変わらず柔らかい笑みで応えてくれた。ひょっとしたら営業スマイルの可能性も否定できないが、今の少女にそこまで考える余裕はないし、そもそも普 段であっても疑うような真似はしないだろう。 「私、妹を探してるんです。名前は、スバル・ナカジマって言って……」 「あら、迷子? 大変、すぐ探してあげるね」 どうやら受付嬢の笑みは、本物だったらしい。女の子の申し出を真摯な表情で受け止め、服装や身長、どこではぐれたのかを少女に問う。一通りの質問を終えて、専用の端末に指を走らせ、データ を入力する。少女にはこの受付嬢が何をしているのか分からなかったが、おそらくコンピューターで妹を探してくれているに違いないと考えた。 不意に、受付嬢の指が止まる。そうだ、忘れてたわと端末から女の子に視線を戻し、聞いておくべきことを彼女に問いかける。 「ごめんなさい、あなたのお名前を教えてくれる? 放送でスバルちゃんを呼んでみるから必要なの」 「あ、はい。ギンガです、ギンガ・ナカジマ」 ギンガ、と名乗った少女の答えを聞いて、受付嬢はありがとう、と礼を告げる。程なくして、空港全体に迷子の知らせを告げる放送が鳴り響いた。同時に心優しい受付嬢はローカル回線を通じ、迷 子の特徴を各部署に連絡し、見かけたらこちらに一報して保護して欲しいとも言ってくれた。 「もう大丈夫、すぐ見つかるから。しばらく近くで待っててくれる? 妹が見つかったら呼ぶね」 「は、はい。ありがとうございます!」 まっすぐなお礼の言葉に、彼女はニコリと笑って応えてくれた。言われるがまま、ギンガは案内所を少し離れ、適当に近場にあったベンチに腰を下ろす。 とは言え、不安はなおも胸の中を覆ったままだ。あのお姉さんを信用していない訳ではないが、もし誘拐などされていたら、と思考は余計な想像をしてしまう。そんなことない、とすぐ否定に入る も、やはり気持ちは変わらなかった。 ハァ、と少しため息をついたところで、ベンチから立ち上がる。どうにも、一箇所にじっとしていられなかった。近くを歩き回る程度ならいいだろうと思い、ギンガは歩き出す。ひょっとしたら案 外、すぐ近くにいるかもしれないと思った。父が言っていたのだ、「灯台下暗し」と。 辺りに視線を漂わせながら進んでいくと、前を見た時突然、視界を黒いものが埋め尽くしていた。直後に衝撃が走り、キャッとたまらず悲鳴を上げてしまう。ひっくり返る身体、思い切り尻餅をつ いてしまう。誰かとぶつかったのだ。 「イタタ……あ、ご、ごめんなさい」 地面に打ち付けたお尻をさすりながら、それでも育ちの良さは彼女を反射的に謝らせてしまう。前をよく見ていなかったのは自分なのだ。謝るのは当然のことと、ギンガは考えていた。 ――しかし、顔を上げた先に見えたのは、言い知れない恐怖だった。ぶつかったと思しき黒いスーツの男は、こちらを一瞥しただけで何も言わず、立ち去っていく。その、一瞥した瞬間に垣間見え た男の眼に、少女は恐怖を覚えた。何も感じていない無感情な眼、まるで鮫のようだった。石ころでも踏んだ程度にしか、こちらの存在を認識していなかったのかもしれない。別段、踏み殺しても 何の躊躇いも後悔も見せないほどに。 突然の恐怖に固まっていたギンガに、手を差し伸べたのは同じ黒いスーツの男だった。だが、こちらはまだ若い。がっしりした体格はいかにもスーツが窮屈そうだったが、あの鮫のような男よりは はるかにずっと人間らしさを持っていた。でなければ「大丈夫?」と声をかけてくるはずがない。 「君、君。大丈夫かい?」 「あ……は、はい、大丈夫です」 「そうか、よかった――すまない、ぶつかったのは俺の友人なんだ。後でちゃんと言っておくよ」 若い男は、親切だった。手を差し出しギンガが立ち上がるのを手伝ってくれたばかりか、服をパッパッと叩いて埃を取り除いてくれた。大きな荷物を抱えていたにも関わらず。一通りギンガの無事 を確認したところで、男は先ほど彼女とぶつかった彼曰く『友人』を追いかけ、立ち去ろうとする。 「あ、あの、すいません」 その背中を、彼女は呼び止めた。なんだい、と男は振り返る。決して嫌そうな表情は見せなかったが、急いでいるようではあった。 「わたし、妹を探してるんです。髪は青で、眼は緑。スカートで、ポーチを持ってるんですけど――」 「迷子かい? …いや、悪いが見てないな」 そうですか、と落胆した表情は隠し切れず、ギンガは言う。男はそのまま、先に行った友人の後を追って進んでいく。 しょうがないか、もう少し待ってみよう。渋々先ほど座っていたベンチに戻った彼女は、そこでふと気付く。あの男たちが進んでいった方向は、『関係者以外立ち入り禁止』と看板が立てられてい た。にも関わらず進んでいったと言うことは、もしかして空港のスタッフだったのだろうか。 回る思考が導き出した予想は、しかしそれで終わる。そんなことより、今のギンガには妹の方が心配だった。 Call of lyrical Modern Warfare 2 第4話 No Russian / 自分自身は欺けない SIDE C.I.A 三日目 0840 ミッドチルダ ミッドチルダ臨海空港 ジョセフ・アレン上等兵=アレクセイ・ボロディン ――彼らは任務を果たしたようだ。ACSモジュールの回収に成功した。 まるで幻聴のように、脳裏に響く声があった。 それは出発前、将軍から下された命令を受け取った時、彼自身の口から語られたもの。 ――君には、これ以上の成果を期待したい。 無茶を言う。率直な感想は、胸の中で呟くしかない。これから自分が臨む任務は、単なる敵地への潜入とは訳が違うのだ。 無論、あの将軍はだからこそ自分に「期待する」と言ったに違いない。困難をやり遂げてもらうために、わざわざ自ら最前線に出向き、自分好みの兵士をその眼で見て引き抜いた。 しかしこれは、とアレンは口にする。こんなものが、本当に任務といえるのか。 ――昨日までの君はもはや過去のものだ。今や戦争は何処にでも起こり得る。犠牲者もまた然り。 ――マカロフは自分のための戦争を繰り返してきた。拷問、人身売買、虐殺、何も躊躇はしない。 ――君を潜り込ませるために、我々は相応の代価を支払った。君自身も、何かを失う羽目になる。 ――だが、アレン上等兵。長い眼で見ろ、君はそれ以上に大勢の人命を救うことになるだろう。 本当だろうか。将軍の言葉に、アレンは疑問を持たざるを得ない。疑問というより、否定に近かったかもしれないが。 兵士は、与えられた任務を遂行することに全力を尽くす。何をどうすべきか、などは兵士が考えるべきことではない。本来それは、軍においては参謀であり将軍であり、もっと大きく見るなら国家 元首が受け持つことだ。政治体制が民主主義であれば、考えるべきは国民と言うことになる。 だが、命令書を受け取ったアレンは、自分の立場も忘れてしまうくらいに激しい感情を覚えた。すなわち、怒りだ。こんな馬鹿な話があるか、狂ってやがる。それも、俺にこの任務をやれと言う。 かろうじて顔には出さない程度に自身の感情を押さえ込みはしたが、それでもきっと見抜かれていたのだろう。肩に手を置き、彼に狂気の命令を下したあの将軍は、静かに告げる。 ――狂気に立ち向かうには、自らも狂気を持つしかない。冷酷には冷酷を、死には死を。 立ち入り禁止区画内にあるエレベーターまでの道程は、実に簡単なものだった。 立ち塞がっていたのは関係者以外の進入を禁ずると言う旨が書かれた看板程度であり、誰も彼らを止めようとはしなかった。時空管理局の中心世界と言うだけあって治安の良さは高い領域にあるよ うだが、それがかえって仇となった。誰もが、テロなど起こるはずがないという認識の下に暮らしていた。 途中で監視カメラに出くわしたりもしたが、なんてこともない。通報を受けた警備員がここは立ち入り禁止ですよ、と告げに手ぶらで、もしくはせいぜい警棒を手に現れたくらいだ。道に迷った、 と適当な嘘ではぐらかし、道案内させたところで監視カメラの死角に連れ込み、口封じ。手っ取り早く、サイレンサーを装着した拳銃で射殺した。 エレベーターにまで到達したところで、アレンとその"友人"たちは抱えてきた荷物の中身を開封した。銃のマガジンが幾つも入るタクティカル・ベストに、手榴弾、ナイフ、そしてM240軽機関銃に M4A1のM203グレネードランチャー装備など各種銃器。 "友人"たちはみんなロシア人であるはずだが、持ち込んだ銃は全て米国製だ。超国家主義者たちはもともと、祖国への狂信的な愛国心は持っていても武器に関してはそこそこに無頓着だと聞いた。 リーダーが祖国再興にこだわらない人物に代わってからは、それがますます拍車をかけたことになる。 しかし、妙な気分だった。アレンは生まれも育ちもアメリカだが、今は『アレクセイ・ボロディン』と言う名で彼らの下に加わっている。ロシア人として。要するに、スパイだ。超国家主義者たち の内側に溶け込み、共にテロ活動を行うことで信頼を得て、外からでは決して得られない情報を入手するために。 ロシア製の銃火器を不自然なく扱えるよう訓練は受けたが、実際に持たされたのは使い慣れたアメリカ製。なるほど、妙な気分とはつまりここから来たのだろう。 ――否。彼が抱える"妙な気分"とは、決して銃に関する事柄だけではないはずだ。 スーツの上にタクティカル・ベストを羽織り、M240に弾丸を装填。M4A1を肩に下げて武装完了したアレンと"友人"たちは、エレベーターに乗り込んだ。スイッチを押して、一階の手荷物検査場前へ。 今日は世間的には休日であるから、ミッドチルダのどこの空港も旅行客で賑わっているはずだ。この臨海空港とて、例外ではない。 「C нами бог」 不意に、エレベーター内でロシア語が響いた。アレンは視線を上げ、声を発した"友人"たちの一人を見る。 「Remember.No Russian(忘れるな、ロシア語は禁止だ)」 ロシア語を発した男の口から次に出たのは、流暢な英語だった。アメリカ人のアレンが聞いても判別するのはおそらく不可能な、完璧な発音。まるで翻訳機の如く、感情が抑制されたような声でも あったが――感情。男の眼と同じだった。鮫のように無感情な眼が、同行する仲間たちに指示を徹底させるようにして視線を送る。皆、黙って頷いた。 最初に、奴はロシア語でなんと言った? エレベーターが一階に降りるまでのわずかな時間、アレンは思考を走らせる。大学時代、アメリカ以外の国をもっと知りたいと思った彼は語学の道を選び、 ロシア語を覚えた。皮肉にも学んだ知識はこのようなことに生かす羽目になったが――両親が、自分を大学に行かせるために借金をしているのを知ったのは卒業間近。彼は金を稼ぐために軍に入っ た――そのデータベースの中に、男の呟いた言葉はあった。意味は、"神と共に在らんことを"のはず。 馬鹿な、神だと。こんな行いを、いったいどこの神が許してくれると言うのか。それとも自分が神にでもなったつもりか、マカロフは。 ――そう、この鮫のように無感情な眼を持つ男こそ、超国家主義者たちの新たなリーダー、マカロフだ。任務は彼に近付き、信頼を得ること。そのためにアレンは身分を偽り人を欺き、ここにいる。 チン、とエレベーターのベルが鳴った。扉が開かれ、マカロフたちは歩み出る。一階の手荷物検査場は、予想通り旅行客で人だかりが出来ていた。銃口を向けて引き金を引けば、照準を合わせずと も地獄絵図が即座に一枚完成する。 マカロフの狙いは、まさしくその地獄絵図を作ることにあった。この魔法文明が栄える平和な世界、ミッドチルダにて。 何も知らない人々は、エレベーターから降りてきた彼らに最初は気付かなかった。何名かがおや、と振り返り、ミッドチルダでは映画やゲームの中でしかまず見ることのない銃火器で武装している 姿を見出し、ざわざわと騒ぎ始める。 もし、人々に過ちがあるとすれば――荷物を捨ててでも、即座に逃げだなかったことだろう。ロシア人たちの無感情な眼の奥にあったのは、殺意と呼ぶことすら生ぬるいほどの冷たく、そして残酷 な思考。 銃口が上がり、人々に突きつけられる。それでも彼らは動かなかった。戸惑い、怯え、しかし目の前の光景にどこか非現実的なものを感じ、それが生存本能をも鈍らせた。 次の瞬間、銃声と、それより数瞬遅れる形で発生した悲鳴が、臨海空港に響き渡った。 SIDE U.S.M.C 三日目 時刻 0932 ミッドチルダ 首都クラナガン ポール・ジャクソン 米海兵隊曹長 在ミッドチルダ米軍連絡官 「ごめんなぁ、シャマルは今ちょっと買い物行っとるんよ」 紛争世界から自分のデスクがあるミッドチルダに帰還したジャクソンは、八神はやての自宅を訪れていた。先日、この家の家人であるシャマルから頂いた弁当箱を返すためだ。ついでに愛する彼女 とささやかだが楽しいお喋りを味わう魂胆だったのだが、間が悪かったようだ。 家の主であるはやては、まだ一〇代の後半に達したか達していないかと言う年齢の少女だ。栗毛色の髪と整った顔立ち、独特のイントネーションは可愛らしさを持っているが、これでも数多の次元 世界の平和を守る時空管理局の一員でもある。階級も三佐、ジャクソンの所属する米海兵隊で言うところの少佐に値し、立場で言うなら彼女は上官と言うことになる。 「まぁ、すぐ戻ると思うから。コーヒーでも飲んでゆっくりしとく?」 「悪いな、ありがとう。君のとこには世話になりっぱなしだな、まったく」 大げさやねぇ、コーヒー一杯でとはやてはカラカラ笑い、海兵隊員をリビングにまで案内した。 階級に関わらず、こうしたやり取りが二人の間に成り立っているのは生まれや組織を超えた、長年の付き合いがあるからだ。戦場で死にかけたジャクソンを、家人の一人であるヴィータが助けて彼 を八神家にまで連れ込み、皆が手厚い看護を施した。以来、ジャクソンは八神家に強い恩義を感じ、八神家もまた彼を受け入れるようになっていった。お互い住居がミッドチルダに変わってからは 交流はさらに深まり、今日に至っている。 「しかし、今日はどうしたんだ。こんな時間帯に一人でいるなんて、珍しいじゃないか」 「昨日は夜遅くまで、計画立案を煮詰めとってね。ほんでも目処が立ったから、今日はお休み頂いたんや」 「へぇ」 他愛もないお喋りに興じて、お互いコーヒーを飲む。はやての話によれば、シグナムは彼女の言う計画とやらのために協力するため、本局の武装隊と調整業務。ヴィータはデバイスの調整整備のた め、技術開発部に足を運んで今日は一日帰ってこないと言う。シャマルは、玄関で最初に会った時に話した通り、生活必需品の買出し中。 「狼はどうした、守護獣は」 「あ、居るよ。おーい、ザフィーラ」 はやてが呼ぶと、すぐに奥から青い毛並みをした狼が現れた。盾の守護獣ザフィーラ、ジャクソンとは同じ男同士でなんとなくウマが合う。 「ジャクソン、来ていたのか」 「シャマルに弁当箱を返しにな。お前、ちゃんと食べてるか? 少し痩せたように見えるが」 「引き締まったと言え。ここ最近は、特に鍛錬を重ねているのだ」 そりゃ頼もしい限りだな、と海兵隊員は笑う。実際頼もしいでザフィーラは、とは家の主の談。 しかし、とジャクソンは振り返る。そういえば、以前ヴィータと会った時も「最近訓練を煮詰めててな」と話されたような気がする。シグナムも、顔を会わせれば「少し付き合わないか」と愛用の デバイスをちらつかせて来た。その時は丁重にお断りしつつも、何だか最近八神家は一家揃って忙しそうにしているように見えたのだ。 「なぁ、はやて。その、お前さんが煮詰めていたと言う計画って、いったい何だ?」 「え? どしたん、急に」 「いや、何だか最近、妙に八神家は忙しそうだからな。何か関係しているのかと思って」 少しばかり間を置いて、「あー…」とはやては答えるべきか否か、迷ったような返事をした。関係があるのは間違いないようだが、話していいかどうかとなると別問題なのだろう。 ――計画? そういえばこちらもつい最近、誰かの口から何かの計画が管理局内でも進行しているとか耳にした。誰からだろう。 記憶の底に探りを入れて、答えに到達したのと、ザフィーラが会話に入ってきたのはほぼ同時の出来事だった。 「ジャクソン。クロノ執務官から、何も聞いてないか?」 「ああ、ちょうど思い出したところだ。昨日、アイツから聞いたんだ。管理局内で、ある部隊を新設しようって話を。計画にはクロノも関わってて、しかしメインの立案者は他にいると。俺がよく 知る人物だ、とかも言っていたな」 「……あ、なんや。そこまで聞いとるん?」 はやては意外そうな顔をする。その表情を見て、ジャクソンは頭の中でパズルのピースが一つ、組み合ったような気がした。なるほど、立案者とはつまり―― 「っと、すまない。呼び出しだ」 「あ、うちも……なんやろ、偶然にしては嫌な予感のするタイミングやな。米軍(そっち)からも管理局(うち)からもとか」 そうだな、と彼は相槌を打った。ポケットから携帯電話を取り出すと、勤め先の在ミッドチルダ米軍司令部のオフィスからだった。はやても文字通り魔法の通信回線を開き、目の前に半透明の通信 用ディスプレイを展開させる。 一瞬遅れて、つけっ放しにしていたテレビの画面の中でやっていた番組が切り替わり、臨時ニュースが始まっていたことなど知る由もない。否、知る必要すらなかった。 『臨時ニュースを申し上げます、臨時ニュースを申し上げます。一時間ほど前、ミッドチルダ臨海空港にて複数の銃声があり、多数の死傷者が出ている模様です。詳しいことは分かっていませんが テロではないかと言う見方が強く、管理局がただちに部隊を移動させているようです――』 SIDE C.I.A 三日目 0905 ミッドチルダ ミッドチルダ臨海空港 ジョセフ・アレン上等兵=アレクセイ・ボロディン 何をやっているんだ、俺は。 何をやっているんだ、俺は。 何をやっているんだ、俺は。 何をやっているんだ、俺は。 何をやっているんだ、俺は。 何をやっているんだ、俺は。 何度も何度も、自問自答の声が脳裏で響き渡る。いや、自問"自答"ではない。自分は、自分のした質問に答えられていない。答える前に、銃声と悲鳴が思考を掻き乱し、消し去ってしまう。 空港の中は、すでに見渡す限りの死体の山が築かれていた。大人も、老人も、子供も、男も、女も、老若男女は一切関係なく、全ての人が殺戮の対象に晒されていた。 果敢に抵抗を試みる者も、逃げ惑う者も、手を上げて命乞いをする者も、関係なかった。マカロフを初めとする超国家主義者たちは、視界に人が入れば容赦なく鉛弾を撃ち込んだ。 俺は――大量殺戮の現場を、アレンはただ指を咥えて見過ごすことすら許されない。そんなことをすれば、何故撃たないのかと怪しまれるからだ――何をやっているんだ。俺は。 自身が構えるM240の銃身は、すでに何十発も連射したことで熱を持っていた。カチンッと機械音が鳴り、まるで銃がもういいだろう、やめようと訴えかけるようにして弾切れを伝えてくる。 いいや、やめようと言っているのは自分の良心だ。にも関わらず、アレンは息絶えたM240に新たな弾丸を込める。カバーを開き、薬室にベルトで繋がった七.六二ミリ弾を入れて、閉じた。息を吹 き返した軽機関銃の銃声は、もうやめてくれと叫んでいるようにすら聞こえた。 せめてもの慰めは、彼は明確に生きている人間を狙っては発砲していないという事実だ。すでにマカロフたちの凶弾に倒れ、息絶えた人々の骸に向けて弾をばら撒く。目の前で狙われている人がい ても、このテロリストたちに手出しすることは許されない。せいぜいが、早く逃げてくれと祈るくらいだ。自分の"死体撃ち"にしたところで、死んでも銃弾の雨に晒され傷ついていく者の気分を考 えれば、最悪と呼ぶほかない。 血と死体で埋まっていく地面、鼻を突く硝煙と血の匂い、耳をつんざく悲鳴と銃声。もう何人死んだだろうか。数えることも不可能なほどに増えていく死体は、どこに視線をやっても否応なしにア レンに事実を突きつけてくる。テロ行為に加担したと言う事実。止められる立場でありながら、任務のためと称して止めようとしない事実。誰も助けられないと言う事実。 くそ、と旨のうちで吐き捨てたところで、何かが変わる訳でもなかった。 ちょうどその時、ガラス越しに空港の外で、ヘリコプターが複数駆け抜けていくのが見えた。一瞬だったが、胴体に描かれた標識マークは時空管理局のものだった。通報を受けて、ようやく鎮圧の ための部隊が動き出してくれたのか。 「Let s go!」 前を行くマカロフが、前進速度を速めろと指示を下す。自らが生み出した地獄絵図を、この男は犬の糞でも見つけたような表情で見ていた。狂ってやがる、とアレンは聞こえないよう小さく呟いた。 「予定通りの時間だな――弾薬を確認しろ」 こんなくそったれの指示を、聞かねばならないのか。ただの兵士である彼は、しかし他になす術がない。良心によって胸をえぐられるような痛みを必死に堪えて、ベルト給弾方式のM240に弾薬を再 び装填。他の者と不本意極まりないコンビネーションで互いの死角をカバーし合いながら、彼らは前に進む。目指すは駐機場を抜けた先にある駐車場だ。 管理局の部隊は、当然こちらをテロリストとして鎮圧しに来るだろう。抵抗力が皆無の民間人や、貧弱な装備しか持たない空港の警備員たちと違って、本気で撃ってくるはずだ。"死体撃ち"で誤魔 化すような真似は、もう通用しないかもしれない。 逃げられないってのか、俺は――撃たねば、撃たれる。幾度も潜り抜けてきた戦場での鉄則が、こうも胸糞悪く絡み付いてくるのは初めてだった。 「この時をどれほど待ち侘びたか」 「お互いにな――管理局だ、始末しろ。ザカエフのために」 部下の言葉に応えて、マカロフは正面に現れた管理局の魔導師たちに向け、射撃を指示。自分自身もM4A1の銃口を向け、容赦なく五.五六ミリ弾を叩き込んでいく。 魔導師たちは、突然降り注いできた質量兵器の雨に、文字通り魔法の力でもって対抗した。二隊に分かれた彼らは、一隊が前に出て防御魔法を発動。魔法の壁で弾丸を弾き返しながら、残った一隊 が標準的なストレージデバイスを構えて、魔力弾による射撃を開始する。 交差する弾丸同士、しかしマカロフたちの放った銃弾は光の膜に弾かれる一方で、魔導師たちの放った青白い弾丸は何者にも妨害されず、テロリストたちに降り注いだ。無論、アレンにも例外なく。 身を掠める魔法の弾丸、こちらは遮蔽物に身を隠して凌ぐが精一杯。生命への危険が、彼に判断を迫る。撃つか、撃たれるか。 「――畜生め」 もし戻れたら、自分をこんな任務に就かせたあの将軍に、この銃弾を叩き込んでやる。何が「君はそれ以上に大勢の人命を救うことになるだろう」だ。俺は結果として本来の味方を、ティーダの戦 友たちを撃つ羽目になった。このツケは、あのふざけたシェパードの野郎の命で払ってもらう。そしたら次はマカロフだ。俺がコイツを殺す。それが、俺に出来る唯一の償いだ。 だから許せ――とは絶対に、彼は思わなかった。M240の銃口を、防御魔法を展開させる魔導師たちに向ける。引き金を引き、ありったけの七.六二ミリ弾を叩き込んだ。唸る銃声、照準の向こうで 光瞬くマズルフラッシュ。 普通に射撃したくらいでは、魔法の壁は撃ち破れなかっただろう。だが、M240は軽機関銃だ。毎分七五〇発と言う連射速度で、ただでさえストッピングパワーの高い七.六二ミリ弾を高初速で長い 時間放ち続けることが出来る。豪雨のような銃撃に晒された魔導師たちは前進を停止するも、なおも続く銃撃の乱打に魔法の壁が、文字通り『崩壊』してしまった。あっと彼らが声を上げた次の瞬 間、続く銃弾がバリアジャケットを貫通し、人体などと言う脆弱な物質をぶち抜き、肉を抉る。飛び散る血潮、救助を求める声すらもが更なる銃声にかき消されていった。 すまない、すまない、すまない。自分の銃撃で撃ち倒されていくアレンの思考は、決して敵を倒したと言う爽快感も得なければ、これで奴らも引かざるを得ないと言う安心感もない。ただ、脳裏を 駆け巡るのは懺悔の言葉。恨んでくれていい。俺は殺されても文句は言えないんだ。いや、いっそ殺してくれた方が、どれだけ楽なことか。 魔導師たちは後退を余儀なくされた。緊急出動だったが故、装備も人員もままならない状態で交戦したのもあったのかもしれない。ともかくも、彼らは退いていく。その背中に向けて、マカロフが M4A1の銃身の下に付属していたM203グレネードランチャーの砲口を向ける。 やめろ、と心の中で叫んだ。彼らはもう後退している、交戦の意思はないんだ。弾薬の無駄だと言って何とか止めさせよう。そう考えた頃には、ポンッと軽い発射音が響き、グレネードが引き下が っていく魔導師たちの中心で炸裂した。爆風と衝撃、破片が彼らを薙ぎ倒し、容赦なく命を奪っていく。 「行くぞ、前進する」 くそ――相変わらず、眉一つ動かさないこの冷酷な男の背中に向け、思わずアレンは銃口を上げようとしてしまった――くそ、くそ、くそ! どこまでコイツの後を追えばいいんだ。目標を達したと して、その時どれだけの人の命が失われているんだ。 俺は、何をやっているんだ。 「進路クリア、GO」 魔導師たちの撃退に成功した彼らは、なおも進む。 機械室に入り、ポンプと配電盤が並ぶ最中を駆け抜けていく途中、アレンは不意に、何かを耳にした。距離は、そう遠くない。すぐ近くと言ってもいいくらいだ。何の音だったのかは、定かではな かったが。 「敵か? それとも生き残りがいたか」 「俺が見てくる」 どうやらマカロフにも聞こえていたらしい。身を乗り出し、アレンは自ら偵察を申し出た。先に行ってくれ、戻ってこなかったら死んだと思えとも付け加えて。 実際は、もちろんこれ以上マカロフたちに誰も殺させないためだ。この機械室のどこかに、管理局の魔導師が潜伏しているにしても、民間人の生き残りが隠れているにしても、どちらであってもこ いつらは躊躇いなく撃つだろう。もしここで自分が行けば、自分で撃つか撃たないか判断できる。魔導師であったならば適当に撃って脅かし、殺さず追い返す。民間人だったなら、素直に見逃す。 マカロフは、一瞬怪訝そうな表情を見せた――ようやく垣間見えた、人間らしい顔だった――だが、すぐにまた無感情な眼に戻り、一言だけ言った。 「五分だ、アレン。一秒でも遅れれば置いていく」 「そうしてくれ、行ってくる」 ダッと、アレンは駆け出す。今日はずっと、殺してばかりだ。殺しに加担してばかりだ。戦争ですらない、ただのテロ行為に。誰か一人くらい、助けたっていいはずだ。 機械室の中は、パイプが入り乱れて複雑な構造をしていた。しかし、歩みを進めれば確かに聞こえる。最初は何の音か分からない、とにかく何かであるとしか認識できなかったが、少しずつ答えが 見えてきた。ヒック、ヒックと嗚咽を漏らすような、泣くのを必死に我慢する子供の声。たぶん女の子だろう。 ――女の子。そういえば、あの子は無事だろうか。記憶に甦る、行動を起こす直前にマカロフとぶつかった女の子。紫の髪を長く伸ばした可愛い子だった。妹を探している、とか言っていたが。 ふと、閉じかけられたまま放置されている扉が目に入った。左手でドアノブを握り、M240を右手だけで保持してゆっくりと室内へ入る。女の子の嗚咽と思しき声は、ここから聞こえていたのだ。 古びたロッカーに、埃が被った机。どうやら使われていない事務室か何かのようだが、ロッカーの影に、誰かが小さく丸まっているのが見えた。短い青の髪に、スカート。ポーチを肩から下げて、 頭を膝に当てて震えていた。ボーイッシュな感じがするが、おそらく女の子で違いあるまい。 「あ……」 女の子が、アレンの気配に気付いて顔を上げた。涙と鼻水でクシャクシャになった、普段なら元気いっぱいの、しかし今は恐怖に怯えるだけの緑の瞳が、さらに恐怖で上塗りされる。 「い、いや……や、やめて、うたないで、ころさないで……」 この子は――怯えきった状態で懇願する女の子に、何か引っかかるものを感じた彼は、ひとまず銃口を下ろした。敵意はないと言う意味だったが、そんなことで彼女が安心するはずもない。ただひ たすらに、「やめて……いや……たすけて、おねえちゃん」と助けを求めるだけだった。 お姉ちゃん、と言う単語を聞いて、アレンはようやく合点がいった。青の髪に緑の瞳、スカートにポーチ。おそらく、あの女の子が探していた妹だ。 助けよう。一人でもいいから。突き動かされるようにして、彼は女の子に駆け寄る。ヒッと少女の顔が歪むのもお構いなしに、細く軽いその身体を抱え上げると、すぐ隣にあった古いロッカーを乱 暴に開く。中に入っていたガラクタを蹴飛ばして外に出せば、子供一人くらいなら入れるスペースが出来上がった。 「いいかい、ここに隠れるんだ」 ほとんど強引に、女の子をロッカーの中に押し込んだ。彼女は、何が起きているのかさっぱりな様子で、しかし泣き止み、銃を持っているのに「隠れるんだ」と言い出したスーツの男を不思議そう な眼で見た。 「管理局か空港の警備の人が来るまで、外で何が起きようと絶対に出てきちゃ駄目だ。いいね?」 「え、え……?」 「返事は? かくれんぼは得意か?」 「あ……は、はい。あたし、かくれんぼ、すきです」 「いい子だ。それじゃあ、もう少しの我慢だから」 女の子は、最後まで訳が分からないようだった。だが、アレンの言ったことにはしっかり頷いた。それを見た彼は、すぐにロッカーの扉を閉めた。直前、女の子が不安げな眼差しを送っていたが自 分にはもう、どうしようもない。あとはひたすら、この子が生きてお姉ちゃんと無事再会出来ることを祈るばかりだ。 これでいい。駆け出し、マカロフたちの下へ急ぐ最中、アレンは胸の片隅でわずかばかりの満足感とも安心感とも言える、奇妙な暖かい感情が生まれるのを感じた。潜入任務なんて、もう御免だ。 俺は、自分自身を欺けない。そんな人間に敵と一体となって溶け込むことなど、不可能なのだ。偽りの仮面は、本人の心にさえも偽りを生むのだから。 マカロフの下には、時間内に戻ることが出来た。何だったんだ、と聞かれると、ねずみだ、と適当に嘘で誤魔化した。怪しまれている様子はない。何とかなったようだ。 脱出地点の屋内駐車場に辿り着くと、一台の救急車が待っていた。近付くと接近を察知したのか扉が開かれ、マカロフの部下たちが早く乗れと手招きしていた。 「成功だな。乗ってくれ――この襲撃は強烈なメッセージになるぞ、マカロフ」 「――いいや、違うな」 部下の手を借り、救急車に乗ったマカロフは意味深な言葉を口にする。だとすれば、この襲撃は他の意味があったのだろうか? 何であれ、その情報を手に入れるのが任務だ。マカロフが手を差し出してきて、アレンはその手を掴む。互いに人殺し、程度の差、主犯と結果的に加担した者と差はあれど、同じ虐殺者の手。しか し、まったく同じではない。片方はひたすらに殺す一方で、もう片方は、一つの命を救った。狂気と正気、同じ手でも相違点があった。 ――そして、相違点はもう一つある。それは、アレンはアメリカ人と言うことだ。 ぬっと、彼の視界に突如黒い銃身が現れた。ベレッタM92F、米軍の制式拳銃。銃口が向けられているのは、自分。 「これが本当のメッセージだ」 パンッと、乾いた銃声が響き渡る。身体にどっと衝撃があり、アレンは崩れるようにして地面に放り投げられた。 何だ、どうして――胸を撃たれた。ぽっかりと開いた穴からは、真っ赤な血がドクドクと溢れ出し、スーツを赤黒く染めていく――何故俺を撃った、マカロフ。 「アメリカ人は俺を欺けると思っていたらしい。もう少し適任な者を選ぶんだったな、自分も欺けるような奴を」 自分を欺けるような奴、だと。どういうことだ。薄れ行く意識の中で、必死に記憶を振り返る。どこだ、どこで、感付かれた。いったいどこで。 あ、と彼は気付いた。奴はさっき、俺をなんと呼んだ。偽名の"アレクセイ・ボロディン"ではなく――そうだ、奴は俺が見に行くと言った時、「五分だ、アレン」と。俺の本名を、知っていた。 "自分も欺ける奴"とはすなわち、そういうことなのだ。 最初から、全て奴には筒抜けだった。こんな馬鹿なことがあってたまるか。俺は任務のためと言って、結局その任務も果たせないまま―― 「く、そ……」 視界が、白く染まっていく。マカロフたちを乗せた救急車は、本当に怪我人を運んでいるようにサイレンを鳴らしながらどこかに走り去っていった。代わって現れたのは、再編成を終えて再びやっ て来た管理局の魔導師たち。 「この死体が見つかれば、ミッドチルダは戦争を望むだろう」 まるで幻聴のように、マカロフの声が耳に入る。聞こえるはずのない声、だが確かに彼は耳にした。畜生め、と胸のうちで吐き捨てる。 次の瞬間、白く染まっていく視界は暗転し、アレンの意識は深い闇の底へと姿を消していった。 ジョセフ・アレン 米陸軍上等兵/CIA工作員 状況:K.I.A(作戦中戦死) 戻る 次へ
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SIDE 時空管理局 機動六課準備室 七日目 1800 地球 衛星軌道上空 次元航行艦『アースラ』 ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長 『アースラ』はアフガニスタンへ向かっていた。この戦争を仕組んだ真犯人の一人、シェパード将軍を討ち取りに向かったプライスとソープの援護のためだ。 しかしながら、彼らは一つの問題を抱えていた。アフガニスタンに向かうと決めたは良いが、あの砂漠の大地は広大だ。プライスとソープが果たしてどこで戦っているのか、その居場所は彼らには伝えられなかったのである。艦は急行する傍らで、地球上の電波情報を収集することでプライスとソープの位置を、あるいはシェパード将軍の位置を掌握しようとしていた。 「――待って、今の電波戻して!」 米軍の通信情報解析に協力していたジャクソンは、艦橋のオペレーターたちの中から聞き覚えのある声を耳にした。印刷された情報から眼を離して通信端末に噛り付いていた彼ら彼女らを覗き込むと、『アースラ』主任オペレーターのエイミィ・リミエッタが、いつもの能天気な雰囲気を感じさせない真剣な表情でキーボードと格闘していた。 「何か見つかったのか。エイミィ」 「ちょっと待って。今捕捉した電波、音声通信じゃなかった気がしたの」 艦長席から離れてやって来た『アースラ』艦長、クロノ・ハラオウンがエイミィに問う。答えるのももどかしげに彼女はキーボードを叩き、ディスプレイに細くした電波の波長を表示させていた。ジャクソンには彼女が何をしているのかおおよその予測しか付かなかったが、おそらくは電波の内容を解析しているのだろう。音声出力される形で再生された電波は最初のうちこそただの雑音にも等しかったが、幾度も再生される度にフィルターを通し、人間の声であることが分かってきた。音紋分析が行われ、ついに誰の声であるかがはっきりする。 ≪――ここに記録しておく。歴史は勝者によって記されてきた。ゆえに嘘で満たされている≫ プライス大尉だ、とジャクソンは声の主を確信した。しかし、誰かと通信のやり取りを行っていると言う雰囲気は感じない。おそらくは事前に録音したのだろう。オペレーターたちは発信源の特定を急いでいる。 ≪もし奴が生きて俺たちが死ねば、奴の"歴史"が記される。俺たちのはゴミだ≫ 「出ました、発信源特定!」 「大型スクリーンに表示だ。全員に見えるように」 オペレーターの一人がキーボードを叩き、クロノの指示で艦橋正面の大型スクリーンに発信源を表示する。地球、衛星軌道上、廃棄されたまま宇宙と地球の狭間を漂っていた軍事衛星。データが併せて表示されたが、だいぶ古い物のようだ。冷戦期に当時のソ連が打ち上げたものらしい。冷戦終結と共に軍縮の煽りを受けて使用されなくなったのだろうが、機能はまだ生きていた。だからプライスはこの軍事衛星を選んだのか。 ≪シェパードは英雄になるだろう。一つの嘘と血の運河で世界を変えた。この史上最大の陰謀がこのまま進めば、奴は"歴史"になっちまう≫ 軍事衛星は、プライスのメッセージ以外にも重要な電波を放っていた。一見しただけでは単なる雑音に過ぎないその電波は、モールス信号だったのだ。発信のタイミングと時間を設定することで、シェパード将軍の詳細な位置がそこに記されている。 もし、自分たちが失敗した時は『アースラ』がこの情報を得ることを期待したのだろうか。ジャクソンはそんな推測を脳裏に走らせたが、次のメッセージを耳にした時、少し違うなと考えた。老兵は、全部自分たちでやるつもりなのだ。シェパードの位置情報は"ついで"に過ぎない。 ≪俺たちが奴の息の根を止めない限り≫ Call of lyrical Modern Warfare 2 第20話 Endgame / 戦友たち SIDE Task Force141 七日目 1810 アフガニスタン "ホテル・ブラボー" ジョン・"ソープ"・マクダヴィッシュ大尉 洞窟を駆け足で進んでいると、川が流れているのが見えた。ここを拠点にしていたシェパード、あるいはPMCの水源地だったのかもしれない。 川には船着場が設けられていて、モーターボートが配備されている――数人が、そのうちの一隻に乗り込もうとしていた。黒尽くめの兵士たちに護衛されて、軍服の男が急げと指示を下している。間違いない、シェパードだ。 先頭を行くプライスがシェパードを狙って発砲するが、銃弾は当たらず、洞窟の奥の光に吸い込まれていった。おそらくは川を下れば洞窟の外に出られるに違いない。ということは、奴は洞窟の外に脱出手段を用意しているのだ。 「ソープ、ボートに乗れ! 操舵は任せる!」 仇敵を乗せたモーターボートが、護衛の手によって緊急発進してしまう。しかし、彼らは大きなミスを犯した。ソープとプライスの追撃を恐れるあまり、残っていたもう一隻のボートを無傷のままにしていたのだ。 上官に言われるまでも無く、ソープはモーターボートに飛び乗った。エンジンをかけ、プライスが乗り込むと同時に急発進。水面を弾き飛ばすようにして、ボートは猛加速しながらシェパードたちを追う。 風を切って、洞窟内を流れる川を突き進む。途中で出くわしたつり橋の上で、敵兵たちが待ち構えていた。ソープは右手で操舵と加速を行いつつ、左手で道中拝借したUZI短機関銃を敵に向かってぶっ放す。モーターボートはつり橋の下を通過。UZIはカチンッと小さく断末魔を上げて弾切れを知らせたが、同時に敵兵の悲鳴も聞こえた。倒したか否かを確認する術はない。 「RPG!」 老兵の警告を受けて、咄嗟に舵を左に切った。直後、右舷で爆風と水飛沫が巻き起こる。舵をただちに右へと切って針路を戻せば、正面左側の船着場に黒尽くめの兵士たちがいた。その手にはRPG-7、もう一発を再装填しようとしている。すれ違いざま、プライスがSCARの引き金を引いて銃撃を浴びせた。アッ、と短い悲鳴が上がり、RPGの弾頭が敵兵の手から滑り落ちる。モーターボートは構わず川を下り続けた。 いた――二人の兵士、復讐に燃える男たちの眼が、先を行くモーターボートの影を捉えた。それぞれが銃を構えて滅茶苦茶に発砲するが、敵も必死だ。狭い洞窟内の川で右へ左へ蛇行し、放たれる殺意はことごとくが水面を叩くのみに終わる。もっと距離を詰めなければ。 暗い洞窟を抜けて、ついに眩い太陽の下へ。すでに日は傾きつつあった。水面を夕日が紅く照らす。まるで血のように。 川を下って追撃を続行するソープとプライスの前に、左右から一隻ずつ別のモーターボートが現れた。乗っているのは言うまでもない、シェパード指揮下のPMCだ。犬どもめ、とその忠誠心に呆れながら、ソープは左舷に現れた敵に向かってUZIを構える。 敵も撃ってきた。ピュンピュン、と弾が掠め飛び、水面に連続した小さな水柱が上がる。ソープの構えたUZIの銃口は弾を吐き出しながら、矛先を敵のボートの鼻先へと向ける。カンカン、と金属音が鳴り響いたかと思った次の瞬間、制御を失った敵のボートは舵を切れずに水面から突き出ていた岩へと正面衝突。敵兵たちが空高く舞い上げられ、川の底へと叩きつけられた。UZIの弾が舵に当たるよう未来位置を予測して狙ったのが功を制したのだ。 もう一隻、右から。ガッ、と船体に衝撃が走った。高速で駆け抜けるモーターボートが速度を落としそうになる。左へと意図せず傾いた針路、当て舵で強引に修正。咄嗟に視線を向ければ、敵兵を載せたボートが右舷より再び接近しつつあった。体当たりしてでもこちらを止めるつもりだ。 「ソープ、ぶち当ててやれ!」 プライスの激が飛ぶ。この野郎、と怒りを込めてソープは舵を右へと切った。ボートとボートが互いに衝突し合い、川に投げ出されそうになる。その一瞬の隙を逃さず、プライスがありったけの銃弾を敵兵たちに向けて放った。左手で身体を支えながら、右手のみで銃を構える強引な射撃姿勢。それでも弾丸は黒尽くめの兵士たちを次々と射抜き、ボート上の敵を一掃することに成功する。 これで妨害はもう終わりか。ほんのわずかな安堵を確信しかけたところで、頭上をバタバタと騒々しいヘリのローター音が駆け抜けていった。くそ、と悪態を漏らす。ミニガンを抱えたOH-6リトルバードが、彼らの行く手を遮るようにして立ちはだかる。 「潜り抜けろ、ミニガンが回る前に!」 言われるまでもなく、アクセルを全開にした。ドッと船首が跳ね上がる勢いでボートは加速し、立ちはだかったヘリに真正面から突っ込んでいく。プライスが生き残る道を見出したのは、敵のOH-6が抱えているのがガトリング方式のミニガンということだ。ガトリングは回転してから銃撃が始まるまで、わずかだがタイムラグがある。 機械音が鳴る。死神の鎌が風を切る音。ミニガンが放たれれば、モーターボートなどボロ雑巾のようにもみくちゃにされてしまうだろう。その寸前、二人を乗せたボートはOH-6の真下を通過した。一瞬遅れて野獣の唸り声のような銃声が背後で上がるが、放たれる銃弾の雨はすでにいなくなったプライスたちを狙って水面に降り注ぐばかりだった。 ヘリの攻撃を避けたと思った次の瞬間、いきなりボートが空中に放り投げられた。うわ、と情けない悲鳴が上がり、一度、二度とボートは水面に叩きつけられる。水飛沫をもろに被り、二人は水浸しになった。急流に入ってしまったらしい。それでもアクセルは緩めない。シェパードの乗るボートは、依然として視界内にあった。 ≪アバター1、状況は?≫ ≪回収の準備をしろ、敵は目前だ!≫ ≪三〇ノットを維持してください、回収します≫ その時、片方の耳に突っ込んでいたイヤホンに敵の通信が紛れ込んだ。これは敵の通信士とシェパードの声だ。回収の準備、もう用意していた脱出手段が間近に迫っているのか。 再び、ヘリのローター音が頭上に響いた。OH-6の軽い音とは違う、もっと重々しい大馬力のローター音。水飛沫の最中でソープが眼にしたのは、大型のヘリだった。MH-53ペイブロウ輸送ヘリ。こいつで逃げる気か。 まずいことに、敵のヘリのパイロットの腕は絶妙と言わざるを得なかった。シェパードたちの乗ったボートを追い越したかと思いきや、その場でわずかに機首を上げて減速し、高度を下げた。後部ハッチを開いて機体がわずかに水面に触れる程度にまで降下し、突っ込んできたボートをキャビンへと収容してしまう。離脱すらも鮮やかだった。急流に飲まれないよう、MH-53は急速上昇で離脱を図る。 逃げられる――焦燥が思考を染めた。ヘリを撃墜できるような火器を自分たちは持っていない。ソープはただ、高度を上げていくシェパードの乗ったヘリを見上げるしかなかった――プライスが銃を構えるまでは。 「ソープ、安定させろ! 船を揺らすな!」 「何をする気だ、プライス!?」 「撃墜する!」 無茶だ。川は急流に入っており、必死に舵を操作してどうにか転覆を免れているに過ぎない。離れていくヘリを、小銃でしかないSCARで撃墜するというだけでも無理難題であると言うのに。それでもこの男はやるつもりなのだ。これまで戦い抜いてきた老兵の眼が言っている。俺を信じろ。 ソープは舵を握りなおし、何とかして船体の安定に努めた。叩きつけられる濁流は容赦なくボートを揺らすが、エンジン全開でバックさせることでかろうじて勢いを相殺することに成功する。ボートの上は今、ギリギリのところで水兵を保っていた。 「そのまま――そのまま!」 パン、パン、パンと乾いた銃声が三つ。プライスのSCARが火を吹いた。放たれた銃弾は銃撃した男の意志が乗り移ったかのようにヘリに向かって突き進み――ドン、とシェパードの乗ったMH-53はローターから爆発を起こした。グルグルと制御を失い、はるか向こうへと落ちていく。 やった。本当にやりやがった、このじいさん。奇跡としか言いようがない超精密射撃を目の当たりにして、思わずソープは言葉を失った。そして、あっと気付く。この川の向こうは滝だ。このままでは水面に向かって落ちてしまう。 「下がれ、バックだ、バック!」 「やってるよ、掴まれプライス!」 エンジンはとっくに全開だ。しかし、これまで水平を維持していたのが仇となったのか、出力は上がらない。次々と襲い掛かる激流はボートを前へ前へと押し込み、船首の向こうに空が見えた。次の瞬間、宙に浮くような感覚が二人を包んだ。 駄目だ。身構える。ボートは真っ逆さまに水面へ落ちる、落ちる、落ちる――ドン、と衝撃が走った後、目の前が真っ暗になった。 激しく咳き込んで、ソープはどうやら自分はまだ生きていることを自覚した。滝から落ちた後、ボートから投げ出されて運よく陸地に打ち上げられたようだ。 立ち上がろうとして、身体が痛みの声を上げる。どこが、ではない。全身が痛んだ。苦悶の表情を浮かべつつ、激痛と格闘しながらどうにか立ち上がった。 視界はぼやけ気味、銃は手放してしまった。ナイフ一本が唯一の武器だ。鞘から引き抜いて、左手で逆手に持ったまま進む。プライスはどこだ。自分は生きて陸地に打ち上げられたのだから、あの不死身の老兵もきっと近くにいるはずだ。 はっきりしない意識が覚醒したのは、数メートルほどをふらつく足取りで進んだ時だった。アフガニスタンの砂の大地で、何かがメラメラと燃えている。そういえば、目を覚ました時にヘリのローター音を耳にしたような気がした――ヘリ。そうだ、プライスが撃墜したあのMH-53はどうなった。シェパードは。 燃えている何かの正体を確かめるべく、警戒しながら歩みを進める。とはいえ、武器はナイフ一本だ。銃を持った敵がそこにいたら、太刀打ちするのは至難の業だろう。一歩一歩、足を進めるたびに向こうの様子を伺う。 地面で何かが蠢いている。敵兵だ。ハッとなったが、よくよく見ればそいつはもがき苦しむようにして這いずっていた。武器を持っている様子も無い。おそらくは、撃墜されたヘリに乗っていた一人だろう。ということは、この先で燃えているのはやはり。 地面を這っていた敵兵が、上を見上げる。目出し帽とヘルメットで覆われた顔に、ソープははっきりと恐怖を見出した。ジタバタともがいて逃げようとするが、もはや立つことも出来ない敵の命運は明白だった。背中に向けて、ナイフを振り下ろす。あっ、と短い悲鳴を上げて、哀れな敵兵は事切れた。 たった今殺害した敵の死体を乗り越え、さらに進む。燃えているのは、やはりヘリの残骸だった。グシャグシャにひしゃげた機体はまだ小規模な爆発を繰り返しており、つい先ほど墜落したものだと分かる。シェパードはどこだ。死体を確認しなければ、終わったことにはならない。 残骸のすぐ傍に、突き出た岩があった。その上で、またも敵兵が一人息も絶え絶えな様子で動けないでいる。目が合って、やはり敵の表情は恐怖で染まった。今度の奴は、手に拳銃を持っていた。まずい、とソープは焦るが、最後の力を振り絞るようにして向けられた銃口は彼を捉えていた。 カチンッ、と小さな機械音。拳銃を持つ敵兵は信じられない表情で何度も引き金を引くが、弾は出ない。マガジンが抜け落ちていたのだ。気付いた時にはすでに遅く、振り下ろされた刃が喉を貫いていた。返り血を浴びながら、ソープは殺した敵の死体よりナイフを引き抜く。 ヘリの残骸から発せられる鉄の焦げるような匂いに、呼吸系をやられた。ゲホッ、と咳き込んでしまい、肺が痛むのが分かった。歯を食いしばって視線を上げることが出来たのは、彼が鍛え抜かれた兵士だからだ――その兵士の眼が、残骸の奥に誰かがいるのを見出す。いた、シェパードだ。 「貴様……!」 鬼のような表情を浮かべ、痛む身体も無視してソープは前へと駆け出した。ゴーストも、ティーダも、Task Force141の部下たちも、みんな奴に殺された。それなのに、プライスが撃墜してなお奴はまだ生きているではないか。こんなことは許されない。 シェパードはゴホ、ゴホと咳き込みながら、しかしソープと違ってさほど酷い怪我は負っていないようだった。残った体力と気力を振り絞るようにして駆けるソープが、逃げる奴の背中に追いつけないでいる。そのまま奴は、残骸の付近にあった廃屋の方向に向かって逃げていった。 くそ、どこだ。どこに行った。あの野郎。文字通り血眼になって、最後の敵を探す。見失ってしまったのは大きなミスだが、奴も決して無傷ではない。それほど遠くには行けないはずだ。荒い呼吸のまま、脳に命の糧を送り込んでシェパードを探す。 ――いた。廃車の陰、痛む身体を庇うようにして潜んでいる。殺してやる。懺悔の言葉の一つも残せないうちに。 「復讐がどうなるのか知っているだろう――墓穴を用意しておけ、二つだ」 飛び出すようにして、ソープはナイフを持ったままシェパードに襲い掛かった。奴の呟く戯言は、耳に入らなかった。 ナイフが振り下ろされ、シェパードの胸を――貫かない。ガッと逆に腕を握られ、反応できないうちに今度は後頭部を抑え付けられた。そのまま廃車に向かって額をガツンと叩きつけられる。衝撃が脳を揺さぶり、立っていられなくなった。ドサッと砂の大地に倒されると、墜落した直後とは思えない勢いでシェパードが自分のナイフを引き抜く。 まずい。しかし身体は言うことを聞かない。グサリと胸に焼けるような鋭い痛みが走り、ナイフが突き刺されたのはその直後だった。あまりの激痛に、ソープの意識はほんの一瞬暗闇の底へと落とされた。 「数年前のあの日――私は一瞬にして三万人の部下を失った」 遠のいていた意識が、痛みと言葉で返ってくる。目を開いて最初に見えたのはシェパードと、その手に握られた大型のリボルバーだった。 「にも関わらず、世界はそれを傍観しているだけだった……!」 ピン、ピンと金属音が鳴り響く。リボルバーから空の薬莢が指で落とされ、弾薬が再装填されていた。奴が自分を殺す気なのは、死に掛けた頭でもすぐ理解出来た。 「これからは、志願兵の不足は無い。愛国者もな」 「――全て、貴様の手中のうちで、か。満足か、アメリカ(祖国)を戦場にして」 ふん、とシェパードが鼻を鳴らす。これから死ぬ男の言うことなど、戯言にしか考えいないのだろう。 数年前のあの日が、中東の核爆発のことなのは明白だ。シェパードは当時、侵攻部隊の司令官だった。大勢の部下が、核の炎に焼かれて死んだ。なのに世界は変わらなかった。軍人という者たちを見る目は以前のままだったのだ。こいつはそのために、この戦争を起こした。 踏み荒らされる祖国を守るため、軍人が命がけで戦って異世界からの侵略者を叩き出す。確かに、軍人という立場は大きく見直されるかもしれない。 「お前なら分かるだろう?」 リボルバーの銃口が突きつけられる。ハンマーが起こされた。あとは引き金を引くだけで、ソープは撃たれ、そして死ぬ。しかし、彼はなおシェパードの思想を拒否した。そんな世界、クソ喰らえだ。プライスもきっと、そう言うはずだと信じて。 引き金が引かれる――その直前、視界の隅から誰かが飛び出してきて、シェパードを弾き飛ばした。パン、と銃声と共に放たれた弾丸は明後日の方向に飛んでしまう。この土壇場で、自分を救ってくれた者は誰だ――言うまでもない。プライス大尉だ。 「生きていたか、プライス大尉」 「一人で死ぬつもりはない」 ガッ、とプライスの拳がシェパードの頬に叩き込まれる。たたらを踏んで耐えるシェパードは、反撃の膝蹴りを老兵の腹部に叩き込んだ。老いた兵士、軍人としての生き方以外出来ない二人の男の殴り合いが始まった。 援護しなければ。プライス一人に任せられない――胸に深く刺さったナイフはそのままに、ソープはもはや麻痺しつつある身体を必死に制御した。足に力は入らない。這い蹲って向かう先には、シェパードが手放したリボルバーがある。律儀に全弾装填されていたから、弾はまだ入っているはずだ。 ズリ、ズリと砂の大地を這って進む。視界の向こうでは、肉弾戦の激しいぶつかり合いの音が響いてくる。ドサッ、と目の前にプライスが吹き飛ばされてきた。まだ息はあるようだが、このままでは二人とも殺される。早く銃を拾わねば。リボルバーまであと少し、左手がついにグリップに届いた。 いきなり、アーミーブーツが目の前に現れた。握りかけた銃が、そいつのせいで蹴飛ばされる。くそ、と見上げた先には唇の端から血を流す敵の老兵。ガッと顔面に蹴りを入れられ、再び意識が遠のいてしまう。 三度目の覚醒。しかし、今度ばかりはもう動けない。意識も途絶え途絶えで、頭が上手く現実を認識しない。視界に映るのは、なおも殴り合いを続けるプライスとシェパード。拳と蹴りの応酬。プライスが押しているように見えたが、ほんの一瞬視界が暗く染まり、明るさを取り戻したと思った時には形勢が逆転していた。プライスが倒れ、シェパードが馬乗りになって老兵の顔面に拳を叩き付けている。 何か無いか。武器を。何でもいい。プライスを助けねば。何か、何かあるはずだ――その時、ソープが見出したのは、自分の胸に突き刺さったままのナイフだった。これだ。もうこれしかない。指先の感覚はとうに失せていたが、信念が沈黙していた神経を叩き起こした。ぴく、とわずかに指が動いたかと思うと、右手がナイフの柄を握る。 ナイフを引き抜こうとする。その瞬間、麻痺していたはずの体に激痛が走った。異物を除去する痛みは視界を点滅させ、胸の傷からは赤々とした流血が噴出す。それでもナイフは抜けない。左手さえも使って、ソープは呻きと唸りが入り混じった声を上げる。早く、早く、早く。 スパッ、と胸の痛みが一瞬引いた。血が飛び散り、突き刺さっていたはずの刃が今は自分の右手の中にある。チャンスは一度きり、これを外せば本当に何もかもが終わる。 手のひらの上でナイフを回転させる。目標は、シェパード。奴がこちらに気付く様子は、ない。 ゴースト、ティーダ、部下の皆――脳裏に仲間たちの顔が浮かぶのと、ナイフをダーツのように投げ飛ばしたのはほとんど同時だった。 ハッとシェパードが顔を上げた。放たれた殺意の刃は、そのまま奴の目玉を貫き、脳にまで達した。驚くほどあっけなく、シェパードは死んだ。プライスの上で馬乗りになったまま、二度と動かなくなった。 あばよ、くそったれ。続きは地獄でな。 風が吹いていた。認識できるのは、ただそれだけ。任務達成の満足感はなかった。今度こそ、意識が遠のく。もう覚醒することは無いだろう。 ゲホ、と誰かが咳き込むのが聞こえた。消えかけた意識が、かろうじて繋ぎ止められる。誰だ。プライス大尉? 「ソープ……!」 あれだけ殴られたにも関わらず、老兵は自力で起き上がった。乗っかったままのシェパードの死体をどかし、ふらついてでも歩いてソープの元へ。 「ソープ……!」 呼びかけには答えられない。もはや口も動かせないのだ。視線だけを動かして、自分は死んでいないことを伝える。気のせいか、わずかに老兵の表情が緩んだように見えた。 チェストリグが脱がされ、迷彩服の下にプライスの治療を施す手が入る。手持ちの衛生キットで出来ることはわずかだったが、しばらくはまだ死なずに済むかもしれない。 「喋るな。お前は死なす訳にはいかん」 プライス、と口だけ動かすと、彼はそう言って自分も負傷しているはずなのに、戦友の身体を抱えようとした。しかし、どこに行こうと言うのだ。 その時、ソープは目にした。アフガニスタンの砂の大地の向こうから、黒い影がいくつも飛び出してくるのを。武装した兵士たち。シェパード支配下のPMCの連中だ。まだ生き残りがいたのか。 「くそ」 ソープを担いだまま、プライスが吐き捨てた。黒尽くめのPMCたちは、銃をこちらに突きつけている。主人が死んでなお、この忠実なる犬どもは自分に課せられた任務を果たそうというのだ。 これはいよいよ駄目か――思考に絶望の二文字が走りかけた。パン、と銃声が響いたのは、その直後。自分たちを取り囲む敵兵たちの一人が、身体をくの字に曲げた末に倒れる。何事だ、と正体不明の銃撃を目の当たりにして焦る黒尽くめの兵士たち。次に彼らに襲い掛かったのは銃弾と、青白い魔力弾だった――魔力弾? 敵兵たちがバタバタと倒れていく。幸運にも生き残った奴らは逃げ出していくが、ソープとプライスのの前に飛び出してきた兵士がその背中に向けてM14EBRを叩き込んでいく。ひとしきり撃ったその兵士は、そこでようやく二人に視線を合わせた。 「マクダヴィッシュ大尉!」 ローチ――信じられないものを見る目で、ソープは現れた兵士の名を声なき声で呼んだ。ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹。ソープの部下、Task Force141の数少ない生き残り。何故ここにいる。 「すまない、今回は出番が無かったな」 「ジャクソン、お前か。それに、クロノ?」 「ええ。ご無沙汰してます、プライス大尉」 続けて現れる兵士と魔導師。ジャクソンとクロノ、どちらも二人のかけがえの無い戦友たちだった。 ヘリのローター音が鳴り響いてきた。砂を撒き散らしながら、はるか空中よりヘリが降りて来る。OH-6リトルバード、パイロットはニコライ。着陸し、ロシア語訛りの英語を話すこの男はプライスたちの下へ。 「片道飛行と言ったはずだが」 「私もそのつもりだったんですがね。彼らが納得しないもので」 ふん、と鼻を鳴らすプライスに、ニコライはローチ、ジャクソン、クロノの三人を見渡しながら苦笑いを浮かべた。 ごほ、とその時、プライスに担がれるソープが強く咳き込んだ。血の味が口の中に広がる。応急処置を施したとはいえ、深手を負ったことには変わらない。 「行こう。ソープが危ない」 「ああ、いい医者を知ってる。ニコライ、乗せてやってくれ」 「合点だ」 ジャクソンが肩を貸して、プライスと共にニコライが乗ってきたヘリにソープを送る。ローチとクロノがそれに付き添った。 「大尉、死なないで下さいよ。俺が生き残ったんです、貴方も生き残るべきです」 「ソープ、彼の言う通りだ。弱気になるなよ」 分かってるさ。離陸するヘリの機内で、ソープは部下と戦友からの励ましに胸のうちで答えた。 OH-6は離陸。一路、次元航行艦『アースラ』へと向かう。 Call of lyrical Modern Warfare 2 END To be continue……"Modern Warfare 3" 戻る
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――記念すべき初任務が、盗みか。 ――人聞きの悪いこと言わんといてや。これは人質解放作戦やで? ――分かってる。しかし、いいのか? 俺たちは魔導師じゃない、兵隊だ。 ――しゃあないよ。管理局の施設だけあって、魔力に対する監視網は万全なんやから。 ――それで質量兵器投入か。お前さん、結構利用できるものは何でもするというか、その……。 ――"狸"って言いたいんやったら、褒め言葉やで? ――分かったよ、狸さん。ギャズ、グリッグ、準備いいか? ――グリッグだ、いつでもいいぜ。 ――こちらギャズ、配置に就いた。 ――了解。作戦を開始する。 Call of lyrical Modern Warfare 2 第7話 The Hornet s Nest / 奪還作戦 第一段階 SIDE Unknown 四日目 2000 時空管理局 本局 第五港湾地区 ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長 妙なところにまで来てしまったな、とかつての海兵隊員は思う。 野戦服にサイレンサー付きのM21狙撃銃を両手に持ち、接近戦に陥った場合に備えてMP5Kを肩に引っ掛けている彼の肩に、しかし以前なら縫い付けられていたはずの星条旗はなかった。今のポー ル・ジャクソンは、アメリカ合衆国の海兵隊員ではない。祖国が異世界からの侵略に蹂躙されているにも関わらず、彼はあえて帰国して戦うことを拒んだ。この戦争には、何かがある。単にアメリ カと管理局が全面戦争に陥るだけでは済まない、別の何かが。それを知るために、彼は国旗を一度捨てた。 普段なら停泊中の次元航行艦で賑わう管理局本局のこの港湾地区は、普段の様子が夢であるかのように静かなものだった。停泊中の艦船は大半が出払っており、補給物資を積み込む作業員や損傷 箇所の修理を行う工員の姿もない。積み上げられたコンテナや資材だけが不気味なまでに静かに佇む、無人地帯。いるのはジャクソンだけのようにも思えた。 否――物陰から物陰へ、飛び込むようにして移動する元海兵隊員は、まだ停泊している艦船が一隻いるのを見つけた。わざわざ双眼鏡で確認することもない。双胴の、SF映画に出てくるような次 元航行艦。確か、事前のブリーフィングによれば名を『アースラ』と言った。"彼女ら"にとって、思い入れのある艦なのだという。今回の目標は、あれだ。 しかし、とジャクソンはM21を構えて、狙撃スコープで『アースラ』に乗り込むまでの道を確認し、障害が立ち塞がっていることを確認する。艦の入り口には橋がかけられているが、当然見張りが 立っていた。人間ではない。地球への降下作戦で、本局は人員のほとんどをそちらに割いている。彼が見たのは、自動人形だった。 「ジャクソンより各員、情報通りだ。艦への入り口は一つ、見張りが立っている。傀儡兵、これも情報通り二足歩行の小型のやつだ。数は二、同時に倒す必要がある」 首元のマイクに向けて、同じように港湾地区に侵入しているであろう二人の仲間に通信を送る。その間にも、狙撃スコープから眼は放さない。橋の前に立ち塞がる自動人形――傀儡兵は、魔法で 動くロボットだ。本局の大半を掌握した地球への報復強行派は、人数不足をこうした無人兵器によって補っているのだろう。とは言え、ジャクソンたちにとってはかえって好都合だ。傀儡兵は大型 で火力のあるものだと手強いが、小型のものは並みの歩兵とそう変わらない。魔導師と違って魔法による防壁も展開できないので、こちらの銃弾は充分に通用するだろう。 「ジャクソン、ギャズだ。こちらも目標を確認した。グリッグ、俺が外したら頼む」 「外したら? どうしたイギリス人、自信なさげだな」 片耳にだけ装備したイヤホンからは、配置に就いている味方の声が電波に乗って飛び交うのが聞こえた。ギャズはイギリス陸軍特殊部隊『SAS』の出身であり、射撃の腕は問題ないはずだ。だから ジャクソンと同じ海兵隊出身のグリッグから心配されたのだが、深い意味があっての発言ではなかったようだ。 「万が一、さ。お前らアメ公と違って俺は慎重なんだ」 「慎重すぎても失敗するぜ――まぁいい。ジャクソン、お前の発砲が合図だ。やってくれ」 了解、と短く答えて、ジャクソンはM21を構え直した。腰を落とし、肩のくぼみにしっかりと銃床を当てる。右手はグリップを握り込み、左手は長い銃身を支える。引き金に指をかけて、覗き込ん だ狙撃スコープの照準を、こちらの存在に気付かないでいる傀儡兵の頭部に合わせる。人間と同じで、そこが彼らのメインコントロールユニットだと聞かされていた。難しく考える必要はない。 すっと息を吸い込み、呼吸を止めた。呼吸に合わせて上下左右に揺れていた照準が微動だにしなくなり、目標を正確に捉える――引き金を引く。発砲、サイレンサーが響き渡るはずだった銃声と 閃光を掻き消して、七.六二ミリ弾特有の反動のみが銃撃の証明を行う。狙撃スコープの向こうで、傀儡兵は突然見えない何かに殴られたようにしてひっくり返る。もう一機、と照準をずらせば、 残った一機も仲間と同じ運命を辿っていた。クリア、ひとまず障害は排除した。 M21狙撃銃を右肩に戻したジャクソンは立ち上がり、MP5Kを構えて狙撃ポイントを脱する。小さな黒い銃を抱えるようにして走り、『アースラ』の入り口に繋がる橋へ辿り着いた。先ほど撃ち倒 した傀儡兵は煙を上げて動かなくなっており、彼が近付いても反応しなかった。念のため銃口を向けながら、足で小突いて機能停止を確認。それが済むと、彼は右手でMP5Kを保持したまま、左手で 背後に親指を立ててみせた。途端に、どこからともなく先ほどの通信の相手が出てくる。グリッグ、ギャズの二名。数年前、地球の超国家主義者との戦いで共に死地を脱した戦友たちだ。 「よし、ここから先は発砲に注意だ。『アースラ』の乗組員たちが監禁されている」 「あのクロノって小僧もここにいるのか?」 「それをこれから確かめるのさ」 そうかい、と質問を送ったグリッグは納得してみせて、カービン銃のM4A1を構えて進む。背後の援護と見張りはギャズがG36Cを構えて行う。装備がバラバラなのは、準備の期間が短すぎて統一の 手間が取れなかったからだ。最悪、傀儡兵の持っている魔導杖を奪って戦うことになるかもしれない。魔力適性は三人とも皆無なので、槍か棍棒のようにする他ないが。 橋を渡って自動扉を抜けて、艦内へ。情報によれば、乗組員たちは全員が食堂に監禁されているとのことだ。通路を注意深く進み、三人の兵士たちは乗組員の解放に向かう。 港湾地区がそうであったように、艦内は異様なまでに静かだった。照明と空調は機能しているが、傀儡兵が巡回している様子もない。よほど襲撃の可能性は低いと思われていたのか、それとも罠 か。姿が見えない以上、彼らは進むしかなかった。 先頭を行くジャクソンが、足を止めた。左手をグーにして上げて、止まれの合図。壁に身を寄せて、目的地の食堂前にまで到達したことを知らせる。眼と身振り手振りだけで彼はグリッグとギャ ズに配置に就くよう促し、二人はそれに従う。食堂への扉は電子ロックされているようだが、物理的に解除する手段を彼らは用意していた。 ギャズが、粘土のような物体を持ち出し、扉に押し付ける。信管とコードをセットし、起爆準備完了。粘土はC4爆弾だった。どうせ押しても引いても開かないならば、爆破してしまえと言う魂胆 だった。とは言え、監禁されている乗組員たちまで吹き飛ばしてしまっては意味がない。量は控えめに、扉を爆破できるだけに留めてあった。 視線を交わす。アイ・コンタクトで意思疎通。突入準備が整った。ジャクソンはギャズにやれ、と合図。彼は頷き、起爆スイッチを押す。直後、轟音と共に弾け飛ぶ扉、舞い上がる煙。悲鳴が食 堂内で聞こえたので、やはりここで間違いない。爆破直後にも関わらず、ジャクソンとグリッグは煙を突っ切って突入する。 煙の向こうに、敵がいた。床や椅子の陰に伏せる乗組員たちの中で突っ立っている傀儡兵。ゆっくりと、スローモーションのような動きで手にした魔導杖を銃口のようにこちらに突きつけてくる ――動きは、生身の兵士たちの方が上だった。MP5Kの銃口を跳ね上げたジャクソンは、素早く照準を敵に合わせて、短い間隔で引き金を数回引く。軽快な射撃音と共に薬莢が弾け飛び、小口径の弾 丸を一度に何発も浴びた傀儡兵がのけぞり、倒れる。右手に見えていた敵には、すでにグリッグのM4A1が向けられていた。五.五六ミリ弾が放たれ、こちらの傀儡兵も崩れ落ちるようにして倒れ、 撃破された。煙が晴れるまでの一分もない時間のうちに、兵士たちは食堂にいた傀儡兵たちの制圧を完了する。 「オールクリア、上手いぞ」 「ナイスショット、いい腕だぜ」 短くお互いの腕を褒め合って、ジャクソンとグリッグは銃口を下ろした。爆破担当のギャズも加わって、乗組員たちの救助を行う。彼らはいずれも目隠しされて手足も縛られていたが、負傷した 者はいないようだ。一人一人、拘束を解いてやる。 乗組員たちのうち一人の解放を行おうとしたジャクソンは、ふと気付く。どこかで見覚えのある女性だった。栗毛色の髪をリボンで束ねた、どことなく姉貴のような雰囲気を持った女性。目隠し と口を覆っていたテープを引き剥がすと、やっぱりな、と納得した。確か、以前にクロノ・ハラオウンの元を訪ねた際に顔見知りになったことがある。名前を、エイミィと言ったか。 「エイミィ・リミエッタ? 俺が分かるか、ジャクソンだ。クロノの友人。奴はいるか?」 「ええ、分かります――クロノ君は、分からないけど。あの、どうしてここに。いったい何が」 「説明は後だ。動かないでくれ」 顔を合わせるなり疑問の声を上げるエイミィを無視して、ジャクソンはナイフを持ち出した。まったく、魔法の世界だと言うのに拘束方法はなんて原始的なんだ。胸のうちで悪態を吐き捨てながら 彼はナイフで彼女の手足を縛る縄を切り解いた。これで晴れて自由の身、見渡せばギャズもグリッグも他の乗組員たちを皆、解放していた。 「さて、どこから説明しようか――ああ、誤解しないでくれ。俺たちは君たちに危害を加えるつもりはない、本当だ」 解放されたばかりの『アースラ』乗組員たちは、しかし疲れと疑問が入り混じった表情をしていた。視線が自分たちの銃に向けられていることに気付き、兵士たちは得物から手を離して攻撃の意 思はないことをアピールする。とは言っても、それですぐに信用してくれるはずがなかった。どこからどう見ても、彼らの兵装は地球の質量兵器。管理局と地球、正確にはアメリカだが、とにかく 戦争状態にある相手と思われても仕方ない。 「あーあー、ちょっと。なんでうちらの到着待たんの。こら、ジャクソンさん」 どうしたものか、とジャクソンが頭を悩ませていると、不意に、独特のイントネーションを持った若い女性の声が響き渡った。振り返れば、見慣れた少女がそこにいた――八神はやて。彼女の姿 を見た時、わっと乗組員たちが湧いた。ようやく信頼できる人に会えたと言う様子だった。先頭に立ったエイミィが、はやての質問の雨を浴びせている。 「はやてちゃん!? 嘘、なんでここに!? クロノくんは? って言うかこの怖い兵隊さんたちは何!? 色々教えてよ、お姉さん分かんないことだらけだから!」 「ちょ、ちょう落ち着いてな、エイミィさん。他の方々も――あー、どこから話そうか。なぁ、ジャクソンさん?」 「おいおい、室長がそんなのじゃ困るぞ」 室長、と言う言葉に、乗組員たちは反応した。今のはやては、何かの要職に就いているのだろうか? 答えは、彼女自身の口から語られることになった。 「ゴホンッ――まぁその、記念すべき初任務やった訳やよ。"機動六課準備室"の、な」 SIDE Task Force141 四日目 1619 ブラジル リオ・デ・ジャネイロ ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹 ここに、一つの動物の群れがあったとしよう。性格は非常に獰猛で、一匹では大したことはないが、ほとんどの場合、彼らは無数とさえ思えるような数で攻め入ってくる。そんな群れの長を捕獲し たならば、群れの者たちはどんな行動に出るのか? 答えは、至って単純だ。長を奪還すべく、攻め込んでくる。それも、一度に大量に、だ。 ローチたちTask Force141が直面しているのは、まさしくそういう敵による追撃だった。南米、ブラジルに居城を構える武器商人、アレハンドロ・ロハスは配下にスラム街の一帯を掌握できるほど の部下を持っており、ロハスを確保するということは、彼らが奪還に乗り出すのは当然のことと言えた。ロハスの確保に至るまで相当な数のギャングを排除したが、それすら氷山の一角に過ぎない。 Task Foroce141は一騎当千の強者揃いであることは間違いないが、ギャングどもはそれを数の暴力によって覆そうというのだ。これに打ち勝つことは出来ない。勝てない相手からは、逃げるしかない。 ところが、彼らを回収すべきはずの手段は司令部との通信が飛び交い混迷する一方の回線により、完全に消え去ってしまっていた。通信機のスイッチを入れてもほとんど雑音同然の音声しか拾わず 孤立無援、袋の鼠も同然に近い状況だ――"近い"と言うのは、完全に閉じ込められた訳ではないからだ。米軍による正規の脱出法は完全に消えたが、まだ非正規の方法が残っている。 「一人心当たりがある。携帯電話を貸してくれ、どれでもいい」 指揮官、マクダヴィッシュ大尉が突然妙なことを言い出した。何を考えてるんですか、と胸中に走った疑問はあえて口に出さず、ローチはスラム街の中の一軒、銃撃戦に巻き込まれるのを避けて住 民が逃げ出した無人の家屋に上がりこみ、古い型の携帯電話を探し当てた。そいつを上官に渡すと、マクダヴィッシュは迷いのない動きで番号を押し、電話する。どこにかけているのだろう。 「ああ、ああ、そうだ。今すぐ繋いでくれ――何? 海外通話にはカードがいる? そんなものないぞ。いいから繋げ……出来ない? くそ、ふざけやがって」 「どうしたんです?」 「ゴースト、お前財布持ってるか」 苛立ちを声と表情で露にするマクダヴィッシュに、副官のゴーストが尋ねてみる。回答は誰もが予想にしなかったものだ。クレジットカードの番号を教えてくれと。しかし、そうそう上手いこと 持ち合わせているものでもなかった。戦場に私物の財布を持ち込んでも意味がない。スラム街にクレジットカードなんてブルジョアめいたものがあるはずもない。 「大尉、俺のでよければ――経費で払ってくれますよね、これ」 「駄目ならシェパード将軍のポケットマネーから払ってもらおう。あー、VISAの……」 幸い、ただ一人クレジットカードを持ち合わせている者がいた。ミッドチルダ、時空管理局出身のティーダ・ランスター1尉だった。何で持ってるの、とローチが問いかけると、彼は地球で買い物 する時のため、と真顔で言った。おそらく本当であるに違いない。ミッドチルダと地球が正式に交流を持った時、異世界に進出を果たしたのは米軍や各国大使館以外にも、金融業界があった。しかし 特殊作戦に従事する者が、戦場にカードを持ち込むとはいかんせん緊張感が足りないのではないか。そう言いかけて、ローチは口を噤んだ。やめておこう。今はなんであれ、ティーダのカードが役に 立っているのだし。 「お得なプレミアムパック? いらん、早く繋いでくれ……よし、繋がった。ニコライ、久しぶりだな。助けてくれ」 どうやらマクダヴィッシュの言う"心当たり"と繋がったらしい。これで脱出の手はずは整うだろうか。ふと、ジェットの轟音を耳にして、兵士たちは上を見上げる。リオ・デ・ジャネイロの中でも 比較的標高が高い位置にあるこのスラム街は、空港に向けて着陸する、あるいは離陸する一般の旅客機がよく見えた。いっそあれに飛び乗れたらな、とはゴーストの呟き。飛び乗る、そういえば魔法 使いは飛べるのではないか。 「ティーダ、お前だけでも飛んで逃げたらどうだよ」 「冗談。俺だけ逃げても意味ないだろ?」 それもそうか、とローチは笑った。魔法使いらしからぬ装備をしたこの空戦魔導師は、自分たちと一緒に地面を這いつくばって行くつもりなのだ。 結論から言うと、ロハスは知っていることを全て喋った。ソープとゴーストが、彼から聞き出したのだ。スラム街を駆け抜けながら、彼らは分隊員に情報を伝達する。 「ロハスが知っていたのは、マカロフの居場所じゃなかった。奴は、マカロフがアメリカと管理局よりもずっと憎んでいる男がいるってことだけを話した」 「今はその情報に頼るしかない。もしそれが本当ならそいつを見つけ出して、マカロフを釣る餌にしよう」 しかし、聞き出せたのはたったそれだけなのか。誰しもが疑問に思うことだろう。よほどマカロフは、自分の情報を包み隠すことに長けているようだ。直接武器の取引を行った死の商人でさえ、彼 の行方は知らない。ところで、その武器商人はと言えば、虫の息と呼ぶにふさわしい状態で貧民街に放置されたままだった。死んではいないが、自力で動いていけるとは思えなかった。 「大尉、ロハスはどうすんで?」 「地元の警察に譲ってやる。もう通報済みだ」 ティーダからの問いかけに、マクダヴィッシュは足を止めず答える。なるほど、それがいいに違いないと質問者は呟いた。ロハスはギャングたちを束ねる頭領だ。地元警察も逮捕してしまえるならた だちに動いてくれるだろう。 問題はここからだ。マクダヴィッシュ大尉が救出用のヘリを呼んでくれたらしいが、回収地点に到達するまでは貧民街を抜けてその先、市場を通り越して広場に向かわねばならない。ヘリが着陸出 来るような地点は、そこしかないのだ。だが、怒り狂ったギャングどもは群がる蜂の如く、異邦人たちの撤退を阻止しに来るだろう。まさしく蜂の巣を突いたかのように。 Task Force141は指揮官を先頭にして坂を上り、市場へと繋がる道路に出た。そこでローチが目にしたのは、数両の自動車と、武装した集団――まずい、テクニカル(武装車両)だ。荷台に大口径の 機関銃を搭載して、容赦なく撃ってくる。ギャングどもが、彼らの進路を予測して配置したに違いなかった。 散れ、とマクダヴィッシュの指示が飛んだ。言われるまでもなく、ローチは手近にあったコンクリートの壁に飛び込む。敵が、こちらに気付くのにそう時間はかからなかった。理解不能なくらい早 口でまくし立てられた異国の言葉が走り、すぐに銃撃戦が始まる。彼の身を守る防壁は、しかし防弾に使うにしては少々頼りなかった。現に、ピュンピュンと貫通した小銃弾が身体のすぐ傍を掠めて 飛んで行く。死の恐怖が、ほんの一瞬で命を奪いかねない状況だ。くそ、と罵り、手にしていた短機関銃UMP45を持ち出し、危険を承知で身を乗り出す。短機関銃は威力と射程で小銃に劣る分、反動と重量が軽く、取り回しが良い。素早い照準、捉えた敵を撃つ、撃つ、撃つ。いくらか射撃した後、再び身を潜めてクイックリロード。中途半端に消耗したマガジンのままでは、いざという 時命に関わる。マガジンを銃に差し込み、再び銃撃。ダットサイトの向こうでギャングがあっ、と悲鳴を上げて家屋の屋上から文字通り撃ち落とされるのを確認し、駆け出す。次の障害物まで突っ走 り、身を隠す。少しずつでも前進していかねば。 「うわ、ち、くそっ」 ドンドンドン、と明らかに自分の持つUMP45や普通の小銃と違う、低く重い銃声が鳴り響いた時、ローチはそれが、自分に向けられているのだと思い知らされた。遮蔽物、それもそこそこに分厚そ うな家屋の陰に身を寄せたと言うのに、飛び込んできた銃弾は易々と貫通し、彼の周囲に着弾し、跳ね飛ぶ。テクニカルのM2重機関銃の射撃に違いない。口径一二.七ミリ、第二次世界大戦の頃から ずっと現役である老兵は、しかしその威力にまったく衰えを感じさせない。歩兵などボロ雑巾のように弄んでしまう。苦し紛れにUMP45を右手で壁から突き出し、引き金を引いて照準も何もない滅茶 苦茶な乱射で抵抗を試みる――駄目だ、これは死ぬ! 怒ったように反撃の銃撃を浴びせかけられ、ローチは身を伏せ、縮こまるしかなかった。勝てない。火力で圧倒的に負けているのだ。他の味方 も、状況は似たようなものだろう。ティーダ、と首元のマイクに戦友の名を浴びせて援護を求めようとするが、返事がない。 「車だ、車を撃て!」 誰の指示だったかは分からない。しかし、片方の耳に突っ込んだイヤホンに誰かの声が入ってきて、藁をも掴む思いで彼は指示に従った。機関銃座が設けられている白い車体のテクニカルに向けて UMP45を乱射。敵兵たちは激しく撃ち返してきたものの、弾に当たらないことを祈るほかなかった。身を掠め飛ぶ、銃弾と言う名の死神の嵐。訳の分からない雄叫びが聞こえて、それが自分のものだ と気付いたのは銃が、カチンッと機械的な断末魔を鳴らした時だった。リロードをやろうとして、いきなり後ろから首根っこを引っ張り掴まれ、強引に地面に叩きつけられる。ひっくり返る視界の最 中で彼が見出したのは、鮮やかな橙色をした髪の男。ティーダに、それからその背後で顔を髑髏のムバラクで覆った兵士もいた。これはゴーストだ。大胆にも遮蔽物に隠れようともせず、小銃のACR をフルオートでぶっ放していた。 直後、轟音。スラム街に熱風が渦巻いたかと思うと、黒煙と炎が敵のテクニカルを包み、荷台にあった機関銃がひっくり返っていた。慌てて逃げ出す敵兵たちの背中に向けて、今度はティーダの放 った魔力弾が叩き込まれる。彼は命中させる気はないらしく、威嚇射撃に止めていた。どの道、一人や二人撃ち倒したところで意味のない戦力差なのだ。適当に恐怖心を煽って撃たせず引っ込ませた 方が、脱出はやり易くなる。 テクニカルは、よくよく見れば日本のトヨタ製だった。日本車は高品質だとローチは聞いていたが、エンジン部にあまり多量の銃弾を撃ち込まれても耐えられるほど頑丈ではなかったのだろう。彼 の撃った銃弾と、それからゴーストの放ったACRの銃弾がやがて火災を引き起こし、引火と爆発を発生させたのだ。くそ、日本人はギャング相手にも商売するのか。 「立てるか?」 ティーダに差し出された手を無視して、ローチは立ち上がる。まだ、回収地点には到達出来ていない。ギャングどもも、これで諦める訳ではないだろう。Task Force141は硝煙と敵の死体で埋もれ るスラム街を進み、市場へと向かう。 「ティーダ、ケンタッキーは好きか!?」 案の定、市場に辿り着いた兵士たちと魔法使い一名は、激しいギャングどもの待ち伏せに会っていた。入り組んだ地形は視界を遮り、敵と味方の区別を困難にする。挙句、ここは敵地であり、敵兵 たちは土地勘を持っているのだから質が悪かった。普段はスラム街の中でも比較的活気がありそうな市場は、たちまち銃声と爆音、怒号に染め上げられる。放置された籠に中にいたニワトリたちが、 なんだかずいぶん場違いな感じがした。彼ら、もしくは彼女らはコケーッと悲鳴を上げるばかりで、何も出来ない。 物陰に隠れて、それでもなお銃撃に晒されるローチは、近くで彼を援護していた魔導師を呼んだ。呼ばれたティーダは拳銃型のデバイスで激しく敵にお返しの魔力弾を叩き込みながら――部隊の中 でも、彼の銃撃は猛威を振るっていた。入り組んだ地形であってもティーダの放つ弾は文字通り魔法で、見えない敵だって追尾する――「あぁ!?」と聞き返す。何を言ってるのか聞こえなかったら しい。仕方なく、兵士は少し離れたところで銃撃から身を隠すマクダヴィッシュに視線をやった。やれ、と指揮官は手で合図。了解、と口には出さず行動でローチは返事した。手には、手榴弾。 「フライドチキンは!? って言うか鶏肉好きか!?」 「嫌いじゃねぇよ、訳分かんねぇけど!」 それはよかった、とピンを抜く。一、二、三とカウントした後、ローチは手榴弾を敵がいると思しき方向に投げた。カラン、と一度地面をバウンドして転がった手榴弾は、市場の奥で爆発。一つと 言わずにもう二つ、と同じように手榴弾を投げ込み、爆発、爆発。直後、銃撃が止んだ。入り組んだ地形は爆風のエネルギーを反射させ、その威力を拡散させることなく、敵に死神となって襲い掛か ったのだ。市場に展開するギャングたちは、味方だと思っていた地形により敗北を喫したことになる。 ところで、何故ローチがフライドチキンは好きか、とティーダに訊ねた理由であるが、哀れにも爆風に巻き込まれたニワトリたちが市場には多数存在した。可哀想に、戦争に巻き込まれてしまった ばっかりに。次に生まれてくる時は、今度こそ美味しいチキンになるといい。 「カーネル・サンダースが泣いてるぞ。泣きすぎて川に投身自殺するんじゃないか、これ」 「ああ、十年ぐらいしたら上半身が出てくるさ」 さらば、ニワトリたちよ。君の犠牲は無駄にしない。ゴーストとマクダヴィッシュが短い追悼の言葉を送って、Task Force141は市場を抜けた。ようやく回収地点、ヘリが着陸できそうな広い平地 が見えてきた。と、その時、碧空の向こうからバタバタとローター音を鳴らしてやって来るヘリが見えた。ギャングどもが攻撃ヘリなど持っているはずもないから、おそらくマクダヴィッシュが呼ん だ救援のヘリだろう。その証拠に、指揮官は通信機でヘリと交信している。 「ニコライ、あと二〇秒で到着する。そっちも準備しててくれ!」 「友よ、それでは遅すぎるかもしれんぞ。上から見えるが、民兵どもがどんどん集まってきてる」 オープンにしていた通信回線に、ロシア訛りの強い英語が入ってきた。マクダヴィッシュがニコライと呼んだ、ヘリのパイロットのものらしい。ここまで来て、敵はまだ諦めないのだ。よほど主君 を奪われた憎しみは深かったのか、それとも単に血に飢えているのか。どちらにせよ、言えることは一つだ。逃げなきゃ、やばい。 家屋を抜けて近道し、ついに回収地点に辿り着く。頭上には、ヘリが待機していた。吹き付ける風、うるさいくらいのローター音がかえって頼もしい。ニコライのMH-53ペイブロウ大型輸送ヘリ。 米空軍で使用されている機体だが、国籍標識がないのを見るに、ひょっとしたら自家用機かもしれなかった――軍用の大型ヘリを自家用機? 乗ってるのはなんてブルジョアな奴なんだ。スラム街を 歩いたら金目のものを引っ手繰られるぞ。 ローチの思いは、現実のものになってしまった。ヘリとTask Force141が遭遇するなり、辺りからわらわらと銃を持ったギャングたちが押し寄せてきた。敵は直感的にMH-53を敵とみなし、激しい銃 撃を浴びせる。もちろん、歩兵用の小火器で簡単に落ちるほどニコライのヘリは脆いものではないが、こんな状況下で回収など出来るはずがない。 「駄目だ、攻撃が激しすぎる。着陸出来ない!」 「ニコライ、離脱しろ! 予備の回収地点に行ってくれ!」 「そうするよ、幸運を!」 やむを得ず、部隊はこの場での回収を諦めた。マクダヴィッシュを先頭に、Task Force141はギャングの攻撃を跳ね除けながら、家屋の屋根へ昇る。スラム街の屋根は繋がっていると言ってもいい ほどの密集しており、ほとんど平地と変わらないからだ。もちろん、敵の脅威が及ばない地点にまで移動せねばならないが。 「大尉、あのロシア人は信用できるんですか!? 逃げたってことはないでしょうね!?」 「ゴースト、無駄口叩く余裕はない!」 「くそ、了解です!」 ローチは、なんとなく嫌な予感がしていた。屋根に昇るが、回収地点はまだ先だ。文字通り屋根伝いに目標に向かって精一杯の駆け足で向かうが、スラム街の屋根はそう頑丈なものではない。足を 踏みつける度にギシッと軋む音がして、屈強な兵士たちが何人も同じ屋根の上を走り抜けていく。慎重に、などと言ってられる余裕もないが、それでも足が竦んでしまう。急げよ、と空は飛べるはず なのに最後まで徒歩で行くことになったティーダが背中を押してくれなければ、彼は一人置いていかれたかもしれない。 「戦友、上から見てるとスラム街全体がそっちを殺しにかかってるようだぞ。何か悪いことしただろ、動物殺したりとか」 「つまらんことを言ってる余裕があるなら離脱の準備をしろ! だいたいニワトリ殺したのは俺じゃない!」 そんな、大尉。俺が責任取るんですか。馬鹿なことを考えながら、跳ぶ、着地、走るを繰り返す。ヘリはもう目の前のところに来ていた。あと少しで――悪い予感が当たった。屋根が、途中で途切 れていたのだ。しかし今更躊躇は出来ない。部隊は皆、思い切り飛んで乗り越えていく。 ローチは、と言うと屋根が途切れる直前で踏み込み、一気にジャンプ。先に飛んだ――彼の場合は本当に飛んでいた。もう徒歩で援護する必要がない――ティーダの後を追う。だが、失速。踏み込 みが足りなかったか、それとも見えざる神の手が彼を跳ばせまいと足を引っ張ったか。ともかくも、ローチは向こう側に着地出来なかった。ギリギリのところで縁には掴まったものの、重力が彼を地 面に引きずり落とそうとズルズル引っ張っていく。うわわわ、と情けない悲鳴が上がった。 誰かが、自分のコールサインを呼んだ。ハッと見上げれば、先頭を進んでいたはずのマクダヴィッシュが、目の前にいた。彼は、手を差し伸べる。雪山でそうしたように。ローチも、彼の手を掴も うとしていた――届かない。差し出された手が、差し出した手がどちらもあと数センチのところで空を切り、そのままローチは、地面へと落ちてしまった。 頭の中で、鐘が鳴り響いている。それが命の危険が迫っていることを知らせる生存本能の警鐘だったのか、それとも彼を呼ぶ声だったのかは判別できない。おそらくどちらも正解だろう。ほんの数 十秒か数分か、ローチは気を失っていた。通信機には、ずっと彼を呼ぶマクダビッシュの声が響いている。ようやく我に返って、落下したのだと自分の状況を認識する。 ふらつく足取りで、どうにか立ち上がる。そうだ、逃げなければ。民家の壁に手を当てて支えにすると、屋根の上で誰かが騒いでいた。民間人かと思ったが、銃を手にしている――やっと、意識が はっきりしてきた。あれは、ギャングたちだ。こちらを指差して、何か言っている。まずい、見つかった! 「ローチ、逃げろ!」 マクダヴィッシュの声。言われずとも、彼は駆け出していた。偶然扉が開いていた民家の一つに突っ込む。直後、激しい銃撃が逃げ込んだ家屋の窓ガラスを木っ端微塵に叩き割った。飛び込んでき た銃弾が家電製品を傷つけ、火花を散らす。敵はもう間近に迫っている。 とにかく逃げた。飛び込んだ家屋に裏口があったのは、この上ない幸運だった。銃は落下した時に手放したらしく、今の彼は丸腰に近い状態だったが、かえって好都合だったかもしれない。身軽に なった身体は、墜落の衝撃などなかったように軽く、障害物を乗り越えていくのに最適だった。とは言え、危機感は消えない。走り抜けていく兵士のすぐ後ろを、死神が通り抜けていった。銃弾が真 後ろに着弾しているのだ。所詮訓練されていないギャングの射撃は上手いものではないが、恐怖心を煽るには充分過ぎる。 裏口を抜けて細い路地を銃撃に晒されながら逃げて、やっと屋根に辿り着く。滅茶苦茶に逃げ回っていたのだから、凄い偶然だ。ヘリが上空を通過していって、ニコライのMH-53が迎えに来てくれた ことに気付く。あれを逃がしたら、今度こそ終わりだ。踏み越え、乗り越え、駆け出し、走り、跳び、ついにヘリが目前に迫る。家屋を抜けて、柵の一つもないベランダから跳び込む。キャビンから 下ろされていた縄梯子に手を伸ばす――また届かない。畜生、俺は呪われてるのか。神よ、俺にここで死ねと!? 伸ばした手を、誰かが掴む。ティーダだった。空戦魔導師が、ヘリに併走する形で空を飛び、ローチを救出したのだ。 「神が許さなくても俺が許すってね――大丈夫か、落ちるなよ」 「言われなくてももう落ちたくねぇよ」 眼下は大西洋に繋がる海、ここで落ちたら今度こそ死んでしまう。必死にティーダの手を掴んで、ローチは早くヘリに入れてくれ、と悲鳴に近い声で訴えた。 「友よ、どこに行けばいい?」 「潜水艦だ」 一方、MH-53のコクピットではホッとした様子のマクダヴィッシュが、パイロットのニコライに行き先を伝えていた。 死地から脱したTask Force141には、しかしまだやるべきことが残っている。マカロフが唯一アメリカよりも憎む『囚人627号』を探さなければならない。 戻る 次へ
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SIDE 時空管理局 二日目 時刻 0715 第三三五管理世界 フェニックス前線基地 クロノ・ハラオウン執務官 砂漠の早朝は、驚くほどに冷え込んだ。気候の安定した故郷のミッドチルダや、空調の効いた次元航行艦と比べると、改めてここは最果ての地なのだなと実感する。 とは言え、屋内にいれば寒気など別の世界の出来事だ。寝起きの脳はエアコンからの暖かい、それでいて気候に悪影響を与えることのない空気を受けて、またウトウトと眠りにつこうとする。 コーヒーを一杯飲んで眠気覚まし、そこから書類を見ながらカロリーブロックで朝食。クロノ・ハラオウンの一日の始まりは、異世界においても一緒だった。忙しい身分ゆえに、仕事と食事は平行 して行うことがしばしばあるのだ。 彼が目を通すのは、昨日行われた米軍、管理局の合同部隊の救出作戦の報告書。紛争の絶えない管理世界を偵察していたところ、管理局に反発する現地武装勢力に襲撃させられ、孤立。ただちに米 軍は救援部隊を送り込んで、孤立部隊を救出したと言う一連の流れが、細部に渡ってまとめられていた。 紙媒体じゃなくてこっちならもっと早いのだが――報告書を読み通していく思考とはまた別に、脳裏でふとした雑念。こっち、とはすなわち魔法のことだ。ブラウン管でも液晶でもない、文字通り 魔法のクリアなディスプレイは電源要らず、どこにでも展開できる。にも関わらず報告書が紙なのは、魔力資質を持たない米軍兵士と都合を合わせるためだった。 コンコン、とその時である。扉がノックされて、その魔力資質を持たない者が現れた。装具や銃こそないが、米海兵隊の迷彩服を着た屈強そうな兵士。襟元には曹長の階級章。ポール・ジャクソン 在ミッドチルダ米軍連絡官が、よぉ、と気さくな朝の挨拶と共にやって来たのだ。 「朝からご苦労様だな。どうだ、陸軍(アーミー)の連中の手並みは」 「報告書を読む限りでは、上等なものだと思う。あの中将が自ら最前線に立ったのはどうかと思うけど」 あぁ、とクロノの言葉を受けて、ジャクソンは苦笑い。将軍はそういう人さ、と答えながら、部屋にあったコーヒーポットを少しばかり拝借。紙コップに注いで、湯気の上る熱いコーヒーをグビリ と一杯。 「このシェパード将軍か。優秀な兵士を引き抜いて、独立部隊を作ろうとしてるのは」 「Task Froce141」 「――何だって?」 「あの将軍が作ろうとしてる部隊の名さ。混成部隊(タスク・フォース)。その名の通りうちの陸軍(アーミー)、海軍(ネイビー)、海兵隊(マリーン)、イギリスのSAS、管理局の魔導師。国境どころか 世界すら跨いだ史上最強の特殊部隊」 なるほど、確かに最強と呼ぶに値するかもしれない。ジャクソンの解説を受けて、クロノは納得。同時に、ふと妙な既視感のようなものを覚えてしまう。各方面から精鋭を引き抜いて編成された独 立部隊。どこかで似たようなものを、聞いたような気がした。 脳裏の奥に探りを入れて、それが表面化した時、ふっと彼は唐突に笑う。そうか、確かに『彼女』が似たような部隊を編成しようと張り切っていたな。 いきなり笑みを浮かべた戦友に、ジャクソンは怪訝な表情。どうしたよ、と尋ねると、いいや、と前置きして問われた青年は答えだす。 「最近、管理局(うち)の方でもそんな部隊を作ろうって話がある部署から上がって来てね。僕も計画立案にいくらか携わってるんだ。メインはあくまで向こうだけど」 「何だと、そりゃ初耳だな――なんだ、何がおかしい、ん?」 コーヒー片手に、人の顔をニヤニヤと見られたら誰だってジャクソンのような反応を起こすだろう。クロノはしかし、明確な回答を避けた。暗に思わせぶりな答えしか寄越さない。 「いや、何。君もよく知ってる人だよ、立案者は。と言うか、その様子だと何も聞かされてないんだね」 「おいおい、もったいぶるなよ――まぁ、いい。それよりもだ」 がらりと、海兵隊員の持つ雰囲気が変わる。声色こそ変わらず、挙動も変化なし。だが、クロノは彼の持つこの雰囲気を知っていた。身近にさえ感じたことだってある。 すなわち、戦場の空気。死線を共に潜り抜けてきた戦友は、銃を手に敵と対峙している時の持つピンと張り詰めた匂いを漂わせていた。ここから先はおふざけなし、真面目で、ともすれば生死に関 わる話、と言う訳だ。 ジャクソンは、クロノが持つそれとは別の報告書を何枚か持参してきていた。今朝方、参謀本部から届いたものだと解説をつけて手渡す。 「第三三五管理世界の武装勢力より鹵獲した、武器装備の調査報告?」 「知っての通り、奴らは地球から密輸したらしいロシア製の銃火器を多用している。出所を探ったのさ」 なるほど、米軍にしてみれば自分たちの世界にしか存在しない武器を敵が持っているのだ。当初は粗悪なコピーかと思われていたが、実際に鹵獲された武器弾薬を調査すると、地球で製造されたも のであることが判明する。彼らが持つ報告書は、その続報と言ったところだ。 しばらく報告書を読み、そしてクロノが顔を上げた。まさか、と疑いの意味を込めての視線。しかし、戦友は首を横に振って否定。間違いないとも付け加えさえした。 「武器の売買に、超国家主義者たちが関与している。こんな馬鹿な話があるか、僕は確かに――」 「ああ、俺もあの場にいたからな。超国家主義者のリーダー、イムラン・ザカエフはお前に撃たれて死んだ。綺麗に頭をぶち抜かれて」 だったらどうして。当時、まだ少年だった執務官は口に出さずともそう言いたげな様子が見て取れた。手のひらに甦るM1911A1の反動、放った銃弾は間違いなくザカエフを仕留めていた。 「超国家主義者にも、いろいろ派閥があるそうだ」 もう一枚、ジャクソンは報告書を取り出した。こちらは写真付き、ある人物に関する調査報告書のようだ。 写真に写っていたのは、一人の男だった。ザカエフと同じように鋭い眼光を持った、しかし鮫のように無表情な男。 ザカエフの写真にはまだ感情が見て取れた。西側諸国に身を売る祖国を奪還しようと、そのためなら世界を滅ぼすことも辞さない一種の狂気。だが、この男は違う。写真を見ただけでは、本当に何 を考えているのか分からない。ひたすらに無。何者にも読み取れないと言う事実を叩きつけられたような怖ささえあった。 「新しい超国家主義者のリーダーってとこだ。こいつが残党を纏め上げて、率いてる」 「名前は」 「マカロフ」 SIDE C.I.A 二日目 時刻 0725 大西洋 米海軍ヴァージニア級潜水艦『アリゾナ』 ジョセフ・アレン上等兵 まさか、潜水艦の艦内でスーツを着るとは思ってもみなかった。真新しい背広は、野戦服と違ってパリッとしており、何だか落ち着かない。 最新鋭とは言えこの『アリゾナ』は、潜水艦の常識から出ることなく狭い。少なくとも陸兵であったアレンにとって、四方八方を鉄に覆われた空間は酷い閉鎖感を伴っている。しかも、壁の向こう は海なのだ。一度浸水が起これば、あっという間に飲み込まれてしまう。何事もなく任務に従事する水兵たちが、とても勇ましくすら思えた。 では、俺は何なのだろう――居心地が悪そうにネクタイを緩めて、アレンは物思いにふけりながら艦内の通路を進んでいく――狭い潜水艦に押し込められ、浸水の恐怖に震える臆病者? いいや、俺 は臆病者などではない。臆病者であるなら、自分が"選ばれる"はずがない。仮に臆病者であったにしても、戦場ではそういう奴の方が長生き出来ることもある。 「どうです?」 士官室を間借りする形で設けられた『司令部』に足を踏み入れ、アレンは彼を待っていた男に訊ねた。自分の選んだのはその男であり、任務を命じたのもまたこの男なのだ。背広が似合っているか どうか、聞いても罰は当たるまい。 「まさに"悪党"だな」 男は――海軍の艦内であるはずなのに、陸軍の将官用制服に身を包んだ男、シェパード将軍は、一言で感想を述べた。それはよかった、と質問者も納得した様子で頷いてみせる。 一方、壁にもたれ掛かって退屈そうにしていた青年が一人。背広を着てやって来たアレンに「遅いぞ」とでも言いたげな視線を飛ばし、鮮やかな橙色の髪を掻き揚げた。 「悪いな、ティーダ。ネクタイなんて就職活動の時以来だったから――失礼、ティーダ・ランスター1尉」 「ティーダでいい――んだよ、お前。銃の撃ち方は分かるのに、ネクタイの締め方は分かんねぇのか」 「銃を撃つ方が簡単だからな。狙って、引き金を引く。これだけさ」 開き直ったような兵士の態度に、ティーダと呼ばれた青年は怒ることも忘れて苦笑い。出会ってからまだ一日だが、一度共に死線を潜り抜けた瞬間から、彼らは戦友と呼べる間柄だった。 「まぁ、潜入任務にはうってつけじゃないか。で、将軍? ご褒美は"マカロフ"ですか?」 戦友との会話もそこそこに切り上げ、ティーダは本題に入るようシェパードに訊ねる。無表情のまま、この戦うことを生き甲斐とする軍人はプリントアウトした写真を持ち出し、机の上に広げた。 写真に写っていたのは、一人のロシア人。鮫のように無感情な瞳をした男――マカロフ。超国家主義者たちの、新たなリーダー。 「こいつがそんな上等なものに見えるか。金のためなら平然と人を殺す、ただの狂犬。売女(ビッチ)だ」 なるほど、と将軍の証したマカロフの人物像を聞いて、アレンは納得する。 前リーダーのザカエフは、文字通りの狂信的な国家主義者だった。かつてのソ連の指導者スターリンを崇拝し、強いロシアを取り戻そうとした。 だが、マカロフは違う。彼は、長い内戦の末に疲弊してしまった祖国に、見切りをつけた。かつての大国ロシアは超国家主義者たちの大半を駆逐することに成功すれど、二度と力を取り戻すには至 らないまでに荒れ果ててしまったのだ。だからこそ、この狂犬は国家よりも信じられるものに目をつけた。すなわち、金だ。 運悪く時空管理局の存在が明るみに出て、地球と他の世界との行き来が可能になり始めた頃、彼は九七管理外世界より姿を消す。紛争の絶えない他の世界を渡り歩いては、ある時は傭兵、ある時は 武器を売買する死の商人として動くためだ。先日の第三三五管理世界における現地武装勢力との戦闘も、この男の存在が何らかの形で関与している。 「それよりも、新しい"素性"を叩き込んでおけ。ロシア語は話せるな?」 「大学時代は語学を専攻しましたから」 ならいい、と問いかけに答えたアレンに対し、シェパードは頷いてみせた。それから、ティーダとアレンを交互に見渡し、改めて彼らを迎え入れる。 「ようこそ、"141"へ。史上最強の特殊部隊だ」 「はい閣下、光栄であります」 大した感動を見せることなく、ティーダがラフな敬礼と共に適当な返事を口にする。将軍が、それに対して機嫌を損ねた様子はない。彼は兵士に素行の良さを求めてはいない。ただ任務を遂行する ことだけを求めていた。 「で、他の連中はどこへ? まさか我々だけ、という事ではないでしょう」 「無論だ。彼らは落下したACSモジュールの回収任務に就いている――アレン上等兵はこのまま命令があるまで待機。ティーダ1尉には、彼らのところに行ってもらおう」 「了解しました――は? 今からですか? どこに?」 質問したら、思わぬ命令が回答に付け加えられてきた。戸惑う青年に、シェパードはやはり無表情のまま告げる。 「想像してみろ、今にも凍りつかんとしている場所だ」 Call of lyrical Modern Warfare 2 第3話 Cliffhanger / "プランB" SIDE Task Force141 カザフスタン共和国 天山山脈 ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹 超国家主義者たちは、ロシア本土より大半が駆逐された。結果としてかつての大国ロシアは荒れ果てたが、ひとまずのところ内戦の可能性は消えたと言える。 だが、中にはしぶとく居座る連中もいる。彼らが目指す旧ロシア空軍基地は、まさしく超国家主義者たちの残党が潜む"敵地"だった。基地司令は奴らとグルになっており、テロリストを匿っている。 本題は、ここからだ。まずいことに、姿勢制御のソフトに深刻なエラーが発生したことから、米軍の監視衛星が落下してしまった――よりにもよって、この天山山脈で。彼らの目的は、墜落した監 視衛星の姿勢制御を司るACSモジュールの回収であった。 敵地への潜入のため、侵入ルートは限られる。極力人目につかず、敵の監視網に入らない、要するに『まさかここから来るはずがない』と言うルートを通る必要があった。 ――だからと言って、こんなところを通ると言うのはどうなんだ。 寒さは、文字通り身体を凍てつかせるかの如く厳しい。吐いた息が瞬時に冷却され、口の周りを白く汚す。グローブに覆われた手で時折払いのけるが、時間が経てばまたすぐ同じことを繰り返す。 おまけに、だ。もうずいぶん高いところにまで昇ったが故、チラッとでも視線を下げれば、吸い込まれるようにして広い雪の大地が眼下に広がっている。足を一歩踏み外せば最後、あっという間に あの世行き。これでもまだ、目的地は今より高い場所にあると言うのだ。もう少しマシなルートはなかったのか、誰もがそう考えてしまう。 「休憩は終わりだ、ローチ」 しかし、この男だけは違うようだ。頭上を駆け抜けていったMiG-29、おそらくは目指す空軍基地から発進したと思われる戦闘機を見送り、吸っていた葉巻を奈落の向こうへ投げ捨てる。タバコのポ イ捨て、などと批判することは出来ない。どう見ても道ではない、狭い足場を顔色一つ変えずに渡り進んでいく度胸を見れば、誰だって口を噤んでしまう。 ホント、超人過ぎるよマクダヴィッシュ大尉は――ため息を吐いて、ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹は立ち上がる。上官が足を進める以上は、自分も行かねばならない。 登山靴に装着したアイゼンと呼ばれる爪は、しっかり氷の地面に食い込む。うっかり足を滑らせて、と言う事態を避けるためだ。とは言ったものの、何しろ背中を預ける雪山の斜面は、狭い足場を 進む兵士の背中を押すようにして聳え立っている。なるべく視線を下げないようにして、ローチは壁に背を向けて摺り足で進んでいく。 「ここで待て、氷の状態を見る」 途中、先を行くマクダヴィッシュが居心地悪そうにぶら下げたM21EBR狙撃銃をずらし、同じくぶら下げていたピッケルを持ち出す。二本のうち一本、右手で持つ方を目指す氷の壁に突き刺し、大胆 にもこの上官は、狭い足場でくるりと一八〇度、身体の向きを回転させた。昇るべき壁面と向き合った後、左手のピッケルを上へと突き刺し、グッと腕に力を込めて身体を引っ張り、登っていく。 あとは右、左、右、左と交互にピッケルを壁に抜き差しして、アイスクライミング。 「よし、氷はいい感じだ。ついて来い」 はーい、と声には出さず行動で返事。マクダヴィッシュとまったく同じ要領で、ローチはピッケルを氷に突き刺し、彼の後を追っていく。 右、左、右、左と単調な作業の連続だが、完全装備で垂直の壁を登っていくのは簡単なことではない。否応なしに呼吸が荒くなり、吐息がまたしても口の周りを白く汚しだす。くそ、と悪態の一つ でも漏らさなければ、とてもじゃないがやってられない。 その時、上空で轟音。ドッと腹に響くほど大きなジェットエンジンの唸り声を撒き散らしながら、敵のMiG-29がすぐ頭上を駆け抜けていった。 侵入に気付いた訳ではあるまい、単に離陸していっただけだ。もっともおかげで、轟音と衝撃で割れた薄い氷の破片が目下登山の真っ最中の兵士たちに降り注ぐのだが。何だと思って、動きを止めた のは幸いだったかもしれない。バラバラと降ってくる氷の雨を耐えしのぎ、ローチはアイスクライミングを続行する。 ようやく登り切った。足場があることの素晴らしさ、感動を覚えてしまうほどだ。しかしながら、ここはまだ目的地ではないらしい。先に登頂していたマクダヴィッシュは、彼の到着を確認するな り頷き、「それじゃあ、あっちで会おう」とか言い出した。 「大尉?」 「幸運を」 何を言ってるんですか。呼び止めようとした頃には、何を思ったかこの上官、いきなり走り出して霧の向こうに姿を消したではないか。慌ててローチが霧の奥に目を凝らすと、白いカーテンの向こ うで、ピッケルを氷に突き刺す音が聞こえた。崖の向こうで、マクダヴィッシュがジャンプした末に壁に飛びつき、その状態でアイスクライミングを始めたのだ。 ちょっと待て。ローチは、足を止めてしまう。大尉は、「あっちで会おう」と言った。つまり、自分も同じことをやらねばならない。その通りだ、とでも言わんばかりに、霧の向こうにいる人影が 壁に引っ付いたまま、手招きしていた。 ええい、ままよ――今更ながら、上官が「幸運を」と言っていた理由が分かった。上手く壁に引っ付けるかは、運による。雪山との運試しだ――助走をつけて、兵士は駆け出す。地面がぎりぎり途 絶える寸前、足に力を込めて一気に跳躍。 氷の壁は、あっという間に目の前に迫ってきた。両腕のピッケルを、躊躇なく力いっぱい突き刺す。食い込みが悪い。予想以上に硬かったのだ。ズルズルと見えない手に足を引きずられるようにし て、ローチはピッケルを突き刺したまま氷の壁の上を落ちていく。 「踏ん張れ、持ち堪えろ!」 マクダヴィッシュの指示が飛ぶ。言われなくても、力いっぱい踏ん張っていた。それでも落ちていく身体は――止まった。右手で握るピッケルは弾かれるようにして壁から離れてしまったけども、 左手のピッケルが危ういところで、持ち主の身体を引き止めていた。 とは言え、いつまで持つか。うっかり視線を下げてしまったことを、ローチは深く後悔した。このピッケルを手放せば、後は地面に向けて落ちるだけ。にも関わらず、氷に食い込んだはずのピッケ ルは少しずつ、壁に押し出されるようにして外れかけている。 あぁ、これもう駄目だ! 諦めが脳裏をよぎったのと、ピッケルがついに外れたのはほぼ同時。重力に引っ張られる己が身体、しかし一瞬遅れて視界に現れるのは太く鍛えられた腕。 「おっと。逃がさないぜ」 パシッと、落ちかけた身体の左腕が掴まれ、引き止められる。マクダヴィッシュが、危険を冒して助けに来てくれたのだ。 「た、助かりました。すいません、大尉――」 「礼と謝罪は後回しだ。昇れるな?」 こっちもなかなかきついんだ。そう語る上官の顔に、辛さは見えない。 この人とならどこにだって、どこまでもだって行ける。ローチは、胸に勇気が溢れかえるような気がした。 アナログ極まる方法でアイスクライミングをやり遂げたローチを次に待っていたのは、最先端のデジタルだった。 「ローチ、心拍センサーを見てみろ」 ひとまずまともな足場に辿り着くなり、マクダヴィッシュが命令を下す。これですね、とローチはACRアサルトライフルを構え――米国のマグプル社が原型のMASADAを開発し、レミントン社が軍用モデルを製造する新世代ライフルだ――銃の中ほど、機関部に付属していたパネルを開く。 電子装備の登場により、現代戦は複雑さを増している。彼が開いたこの心拍センサーも、まさしくその最中で登場した索敵のための装備だった。事前に登録を受けた者の心音、つまり味方は青色の 点で表示し、そうでないもの、例えば敵などは白い光点で表示する。これなら視界が極端に悪い環境であっても、敵味方をしっかり識別した上で見失うことはなくなる。 「青が俺、それ以外が白だ。簡単だろう」 「白い奴だけ撃てばいいんですね、分かります」 ならいい、と上官は前進の指示。危険な道のりを乗り越えてきたが故、敵の哨戒網に引っかかることなく目標の空軍基地に接近することができた。もうすぐそこ、左に視線をやれば霧の向こうに滑 走路らしい人工の大地と、誘導灯と思しき光がチラチラ見えている。 とは言え、基地のすぐ傍となれば敵兵がうろついているのも充分にあり得る話だった。現に銃を構え、腰を低くして前進していくマクダヴィッシュとローチの前に姿を見せたのは、AK-47やFAMASを 担いだ敵兵士。間抜けに後姿を晒していたが、無視して進もうにも進行方向が被っていた。 「あの様子じゃ、奴さんたちは俺たちが間近にいるなんて考えもしてないだろう。落ち着いて、確実にやる」 了解、とマクダヴィッシュの命令に頷き、ローチははるか向こうでトボトボと歩いていく敵の背中に銃口を向けた。歩哨の数は二人、どちらか片方を撃てば残った片方が気付き、騒いでしまう。あ くまでも同時に、二人まとめて射殺する必要がありそうだ。 「お前は左をやれ。3カウントだ」 上官は、サイレンサーを取り付けたM21狙撃銃を右の敵に向ける。指示通りにローチはACRの照準を左の敵兵士に向け、狙う。 引き金に指をかけて、幾つかの呼吸。すっと息を吸い込み、そのまま閉じ込めるようにして呼吸を止めた。 「1、2、3――撃て」 引き金を引く。銃床を押し付ける肩に、軽く小刻みな反動が数回響く。ACRの銃口から放たれた複数の五.五六ミリ弾はサイレンサーで銃声を消された上で、敵兵の背中に襲い掛かった。あっと悲 鳴も上がらぬままに崩れ落ちる敵。隣の兵士は何事かと振り返ろうとした瞬間、マクダヴィッシュの放った弾丸によって仲間の後を追う。 敵兵排除、再度前進。道中、同じように遭遇した歩哨もこれも同様の手筈で難なく排除し、さらに彼らは進んでいった。 基地の外壁に到達すると、マクダヴィッシュがここで「二手に別れよう」と提案してきた。狙撃銃とサーマルゴーグルを持つ彼は高台に上り、観測手となる。ローチは単独で基地に潜入し、上官の 指示と援護射撃を受けながら進んでいく。 しかし、単独か。一瞬不安そうな表情を見せた部下に、ベテラン兵士は安心しろ、と言う。 「この吹雪じゃお前は幽霊みたいなもんだ。よほど近寄らんと、敵は見えんさ」 「理屈はそうかもしれませんが……」 「センサーを頼りに進め、幸運を」 "つべこべ言うな、行け"ってことですね、ハイハイ――そうは言っても、つい先ほどの命の恩人の言うことだ。心拍センサーは正常に機能しているし、何より大尉の言うとおり、さっきから辺りを 漂う雪に風が入り混じりつつある。風、と呼ぶには生温いかもしれない。これはもう吹雪、雪風だ。こうして壁の影に身を潜めている間にも視界は悪化していき、もう五メートル先は真っ白で何も 見えないほどだった。 銃口を正面に突きつけ、ローチは姿勢を低くして進む。ちらりとACRのパネルに目をやるが、白い光点ははるか向こうだ。気付かれた様子もなく、抜き足差し足で忍び込んでいく。 ――っと、危ない。肉眼では白い闇に阻まれ何も見えないが、センサーは正確だ。真正面に、こちらに向かってくる白い光点が一つ。傍らにあった資材に身を潜め、一旦敵の視界から逃れることと する。何も知らない敵兵は、ふんふんとのん気に鼻歌を歌いながら道を行き、ローチが隠れる資材の影にも目をくれず、行き過ぎていった。 プシュッと、聞こえたかも定かではないほど小さな音がその時、彼の耳に入った。視線を上げると、先ほど鼻歌を歌って行き過ぎた敵が道端で倒れ、動かなくなっている。 「忘れてくれ」 片方の耳に突っ込んだイヤホンに、マクダヴィッシュ大尉の声。なるほど、さては狙撃したに違いない。サーマルゴーグルがあるとは言え、この吹雪の中で大したものだ。感嘆として、ローチは前 進を再開する。 さすがにこっそりと侵入しただけあって、敵の警戒網はさほど厳しいものではなかった。詰め所の中でストーブに当たっている敵兵を見つけた時は、羨ましいとも思いつつ無視して先を行く。こっ ちは山登りの果てに、吐息も凍る寒さの中で戦争をやっていると言うのに。 心拍センサーに映った白い光点をやり過ごし、あるいは観測手に狙撃してもらい、着実に進んでいく。その途中、マクダヴィッシュから指示が飛んだ。 「ローチ、敵の通信を傍受した。南東に給油所があるようだ、プランBのためにC4をセットしてこい」 プランB? それって何にもないって意味じゃ――首をかしげて、しかし命令は命令だ。敵の合間を掻い潜って進んでいくと、やたらと広い空間に躍り出た。地面を見ると、アスファルトが敷き詰め られた人工のようで、「35」と番号が書かれていたり、矢印が描かれていた。なるほど、どうやら滑走路のようだ。進んでいる途中に敵の戦闘機が飛び上がったり降りてこないかとも思ったが、さ すがに視界が悪いせいかそれはなさそうだ。駐機されているMiG-29に、離陸しようとする気配は見られなかった。着陸機も、真っ白い虚空の向こうからジェットエンジンの轟音は聞こえてこない。 指示通りに進み、行き止まりにぶち当たる。否、赤いハンドルやパイプ、火気厳禁の標識が立ち並んでいるのを見るに、ここが給油所であるに違いないだろう。バックパックから粘土のようなプラ スチック爆弾"C4"と信管、起爆装置を持ち出し、貯蔵タンクと思しきものにセット。これでプランBの準備は整った。 「大尉、プランBの用意ができました。今どこです?」 「待て、また敵の通信だ――よし、衛星の保管場所が判明した。南西にある格納庫内だ、手前で落ち合おう。競争だ」 競争って、ちょっと大尉。問いただそうにも、無線の相手は「通信アウト」と一方的に宣言し、回線を切ってしまった。あ、とローチが声を上げる頃には、すでに移動を開始したに違いない。 フライングとは卑怯な。雑念を脳裏によぎらせつつも、再び心拍センサーを頼りに彼は進みだす。目指すは南西、目的の回収対象である衛星が保管されているらしい格納庫だ。 それなりに急いだはずだったのだが、目的地の格納庫裏に辿り着く頃には、すでに心拍センサーが青い光点を映し出していた。 一応警戒しながら進み、屋根の下に入れば、どこで拾ったのかAK-47に持ち替えたマクダヴィッシュの姿があった。 「観光ルートでも通ってきたのか?」 「吹雪で何にも見えやしませんよ」 フムン、それもそうか。ローチに答えに妙に納得した様子で頷いた上官は、しかしすぐにGOサインを下す。今度は自ら先頭に立って、格納庫に通じる扉を開けて突き進む。 扉を抜けると、短い廊下に出た。まっすぐ進んで突き当たりを行けばいよいよ格納庫中心部であるに違いない――が、フラフラと歩いて何者かが正面に現れた。白い迷彩服に、AK-47を担いだ、紛 うことなき敵兵だった。咄嗟に、ローチはACRの銃口を跳ね上げ、敵に向ける。その直前、前を進んでいたマクダヴィッシュがダッと駆け出した。 止める暇もないほど、あっという間の出来事。ベテラン兵士の体当たりを受けた敵はいきなり訳も分からず、廊下の壁に並んでいたロッカーに叩きつけられる。上に置いてあった段ボールが転げ落 ちて、ロッカーの扉が開いて金属音を鳴り立てた。ひっくり返った敵兵に向けて、マクダヴィッシュはナイフを引き抜き、首の急所を一刺し。素早く抜いて、何事もなかったかのようにまた進む。 野獣か、この人は――哀れにも犠牲となった敵兵士の死体を踏み越えて、後を追う。 格納庫中心部に到達すると、彼らを待ち構えていたのは所々に焦げ目がついてしまった、ボロボロの人工衛星だった。これが目標のものであるに違いないが、人工衛星そのものは回収対象には入っ ていない。どの道、いくら訓練された兵士だからと言って二人で敵地から盗みだせるようなものでもない。 「上に行ってACSモジュールを持って来い」 上官の言うとおり、回収すべきは姿勢制御を司るACSモジュールと呼ばれる部品だ。迷彩服の懐に入ってしまうようなサイズでしかないが、今回の任務はそもそもACSモジュールに深刻なエラーが発 生したが故に生起したものだった。 指示を下す傍ら、マクダヴィッシュは手近にあった電動ドライバーを人工衛星の蓋に押し当て、解体を始めた。どこを調査されたのか調べるためだ。ローチは何も言わず、指示されたとおりに二階 へと続く階段を上る。 警戒しながら進んでみたが、誰もいない。二階に上がった彼を待ち受けていたのは、しんと静まり返った部屋。奥の机の上に、無造作に置かれたACSモジュールがあるのみだった――否、それ以外 にもう一つ。格納庫内部は外とさほど変わらない寒さであるにも関わらず、妙にこの二階だけは暖かい。ストーブが設置されていたのだ。 ACSモジュールを懐に入れて回収、わずかばかりストーブに手を当てて暖を取る。ついつい「はぁー、あったけぇ……」と口に漏らしてしまった。 ピッ、とちょうどその時電子音。ん? と怪訝な表情でストーブに当たったまま手元を見ると、ACRのパネル、心拍センサーに反応があった。白い光点が一つ、二つ、三つ――ちょっと待て。 機械音が鳴り響いたのは、その直後だった。ガコッと扉が開かれるような音。心拍センサーに映る白い光点も、もはや数え切れないほどの数に膨れ上がる。 「ローチ、見つかった」 マクダヴィッシュの声が、通信で届く。 駆け出し、ローチが目撃したのは開かれた格納庫の扉と、その幅いっぱいに広がる敵兵たちの群れだった。中央にいる拳銃を持つ将校らしき男は、おそらく指揮官。ひょっとしたら基地司令かもし れなかったが、そんなことはどうでもいい。敵兵たちはいずれも銃を構え、照準をすでに合わせているようだった――手を上げ、身動き出来ないでいるマクダヴィッシュに。 助けなきゃ。そう考えるのは、誰にだってあり得る。しかし、どうやって。こっちはアサルトライフルが一丁、向こうは何十丁もある。下手に発砲しようものなら凄まじい弾幕がこちらを襲うであ ろうし、何より大尉は身動きできない。 「私は当基地司令、ペトロフ少佐だ! 両手を挙げて出て来い!」 将校らしき男、指揮官は拡声器を手にそう告げた。わざわざ名を名乗るのは、自己顕示欲の表れだろうか。ともかくもローチは物陰に身を伏せたまま、敵の動向を伺う。 「侵入者に告ぐ、貴様の仲間は捕らえた! 上にいるのは分かっている、降伏すれば命は助けてやろう!」 やっぱりか。ACRの引き金に指をかけたまま、彼は状況を整理する。敵は、マクダヴィッシュ大尉を人質に取ったつもりでいるのだろう。そして、"上にいるのは分かっている"ということはつまり、 こちらの詳細な位置は概ねでしか掴んでいないのだ。分かっているならさっさと大尉は射殺して、二階に踏み込んでくるに違いない。 とは言え、どうしたものか――フルオート射撃でビビらせないだろうか? いや、発砲炎で位置がバレるだけだ。最初の一瞬は驚くにしても、すぐに体勢を立て直して反撃してくる。たかが一人の 射撃では、その程度が限界なのだ。上官が射撃に加わってくれればまた違ってくるかもしれないが、何度も言うように大尉は手を上げていて、身動き出来ないでいる。 「ローチ、プランB」 ――ああ、なるほど。そういえばその手があったか。 囁くようにして入った通信は、当のマクダヴィッシュ大尉からだった。すっかり忘れていた、まだ手はある。 ローチがスイッチを取り出したのと、相手が反応を見せないのに苛立った敵の指揮官が、また拡声器で声を張り上げだすのはほぼ同時の出来事。 「五秒だけ時間をやる! 五、四――」 しかし、上手くいくだろうか。不安が一瞬、脳裏をよぎる。敵が驚いてくれなければ、全ては水の泡と化す。大尉は撃たれて死に、おそらくは自分も後を追う羽目になるだろう。 「三、二――」 ええい、ままよ。半ばヤケクソ気味な勢いで、ローチはスイッチを押す。 「一――!?」 プランB、発動。格納庫の扉の向こう、滑走路よりも先にある給油所で、派手な火の手が上がった。爆発、炎と衝撃のカーニバル。その場にいた誰もが、何事かと後ろを振り返った――今だ! C4爆弾を遠隔操作スイッチを放り投げて、ローチはバッと物陰から身を乗り出す。ACRのセレクターをフルオートにセット、引き金を引いて射撃開始。デタラメな照準、しかし突如として降り注ぐ 銃弾の雨は、一瞬の隙を見せた敵兵たちにとって脅威と呼ぶほかなかった。何名かはウッと短い悲鳴を上げて倒れ、大部分は驚き怯え、反撃もままならないまま逃げ出そうとする。 直後、格納庫内に、ローチのACRとは異なる銃声が響き渡る。拝借したAK-47の連続射撃音、マクダヴィッシュが反撃に転じたのだ。二人の一斉射撃を受けた敵軍は、数で勝っているにも関わらず片 っ端から薙ぎ倒されていく。 やった、うまく行った――階段を下りて、ローチは上官と合流。ついでに空になったマガジンを投げ捨て、予備のマガジンを差し込み、コッキングレバーを引く。息を吹き返したACR、銃口を前に構 えて彼はマクダヴィッシュに指示を仰ぐ。 「ローチ、ついて来い! 駐機されてる敵機を盾に、滑走路を突っ切るぞ!」 「了解!」 銃声、爆音、悲鳴、怒号。吹雪のみが唸りを上げていた雪山の空軍基地は、戦場の姿へと一変する。 敵の妨害射撃を切り抜け、銃撃に巻き込まれて引火したMiG-29の爆風に晒されそうになりながら、二人は敵地の中を突き進む。 「GO! GO! GO!」 上官に言われるまでもなく、ローチはひたすら前を行く。途中で時折振り返って、なおも追撃を仕掛けてくる敵に向かって五.五六ミリ弾を叩き込む。怯んだ隙に走って走って、背中を撃たれる恐 怖に打ち勝てなくなったらまた振り返って交戦するの繰り返し。 先を行くマクダヴィッシュも、考えなしに逃げ回っていた訳ではない。滑走路の向こう側、基地の外に繋がる斜面は一気に飛び降りれば、自分たちを回収するヘリとの合流地点に向かうことが出来 る。部下と共に雪と氷でコーティングされた斜面を滑り降り、すぐさま振り返って迫る敵を撃つ、撃つ、撃つ。 敵も黙って撃たれる訳ではなかった。彼らはスノーモービルを持ち出し、二人一組となってローチたちの進行方向に先回りを図る。が、一両が雪上を駆け進んでいたところで、小屋の影に潜んでい たマクダヴィッシュの強烈なピッケル攻撃を浴び、ひっくり返った。投げ出された敵兵はあえなく死亡してしまったが、彼らが乗ってきたスノーモービルは健在だ。 「ローチ、こいつを奪え。一気に脱出だ!」 「俺スノーモービルなんか運転したことありませんよ!?」 「だったら尚更、いい機会だ!」 無茶苦茶だ――しかし、徒歩よりはるかに速いには違いない。結局座席に跨り、上官を後ろに乗せてローチはアクセルを回す。元の持ち主を殺されたにも関わらず、スノーモービルは元気よくエン ジンを吹かし、猛然と雪の上を加速していった。機械に感情はないはずだ。 「キロ6-1、第一回収地点には到達不可能! 予備の回収地点へ向かう、オーバー!」 「こちらキロ6-1、了解。第二回収地点に向かう、アウト」 通信機に向けて怒鳴る上官をよそに、ハンドルを握るローチの思考は運転に精一杯だった。頬を痛いほどに叩く風、耳元で唸る空気の流れていく音、吹っ飛んでいく雪山の風景。スノーモービルは アクセルを吹かせば吹かすほど速度を増し、白銀の世界を駆け抜けていく。 パッパッとその時、はるか正面で地面に降り積もった雪が弾けるように舞うのが見えた。すぐに視界の片隅に流れて消えていってしまう、そのくらい一瞬の出来事だったが、間違いなく見えた。サ イドミラーに目をやれば、同じく銀の世界を駆け抜け追って来る敵兵たちのスノーモービルが一両、二両とチラつく。くそったれ、追撃してくるのか。安全運転だけで精一杯なのに。 「大尉、後ろ、後ろ! 後ろに敵!」 「見えてるよ、前を見てろ」 突き進むスノーモービルのすぐ傍らを、弾着が駆け抜けていく。それでも後席の上官は冷静とものん気とも取れる回答。グロック18Cを持ち出し、片手で構えて敵に向かって弾をばら撒く。さすがに 照準の余裕はない。とにかく撃ちまくって、敵をビビらせ射撃をやめさせるほかなかった。 悪いことは、さらに続く。歩兵の持つ小口径の弾丸は雪を舞い散らせる程度だったのだが、背後から突如降り注いだ炎の矢は進行方向にあった木を吹き飛ばし、叩き折った。咄嗟にハンドルを切って 回避するも、耳元で唸る風の声に混ざる形で聴覚に飛び込んできたのは、ヘリのローター音。味方であると思いたかったが、先ほどのロケット弾射撃はどう見ても誤射ではなく狙ったものだ。 「後方にハインド! ローチ、スピード上げろ! GO! GO! GO!」 分かってます、分かってますからあんまり怒鳴らないで集中できない! 泣き出したくなる衝動に駆られ、ローチはひたすらスノーモービルの操作に集中する。背後より迫るヘリは、Mi-24Dハインド。 生身の人間二人に攻撃ヘリまで投入とは、よっぽど敵さん頭に来たらしい。何でだよ、ちょっと落し物を拾いに来ただけなのに。 もちろん、嘆いたところで状況は変わらない。降り注ぐロケット弾と銃弾の雨、被弾しないのが不思議なくらいの攻撃を掻い潜り、彼らを乗せた鋼鉄の馬は雪山の白い斜面を乗り越える。妨害に現 れた進路上の敵もひき殺すような勢いで加速し、突き進んでいたところで、今度は斜面を下りに入っていく。 速い――たまらず、ローチはアクセルを握る手の力を緩めた。しかし、それでもスノーモービルは加速していく。坂道を下っているのだから、当然ではあるのだが――速い、速い、速い、速過ぎる! どうするんだこれ、止まれないぞ! 向こうは、崖だ! 「ローチ、まっすぐだ! この先が回収地点だ!」 「はぁ!? なんですって!?」 「まっすぐだ!」 落ちるでしょうが! 上官からの指示に、しかしローチはどの道逆らえない。今更ブレーキをかけたところで、間に合うはずもない。そのくらいスノーモービルは加速しきっており、もはや止まるこ とを知らない暴れ馬と化していた。敵の銃火も途絶えてしまった。完全に振り切ってしまったのか、この先はもう崖であることを知っていたのか。 バッと、彼らを乗せたスノーモービルは崖を飛び越えた。加速していた車体は慣性の法則に乗っ取り、地面を離れてなお前に進む。 あ、これ、ひょっとしたら助かるんじゃないか。ほんの一瞬、胸のうちでローチは生存の可能性を見出した。なるほど、マクダヴィッシュ大尉は最初からこれを目論んでこのルートを。ごめんな さい大尉、俺大尉のことを勘違いしてました――崖の向こう側、地面に辿り着くほんの五メートルほど手前で、スノーモービルは下を向き始める――くそったれ、信じた俺が馬鹿だった! 「落ちるぅ!!」 「落ちねぇよ!!」 あぁ!? ともはや生きることを諦めヤケクソになった彼が顔を上げる。視界に映ったのは、人。こっちに手を差し伸べる、人間の男だった。いや、本当に人間なのだろうか。こいつが人間であると するなら、何故こちらは重力に引っ張られて絶賛落下中だと言うのに、こいつは宙に浮いていられるのか。 されど、全ての疑問は後回し。ハンドルから手を離し、ローチは突如現れた空中浮遊する男が差し出した腕を掴む。男はそれだけでは飽き足らず、後席にいたマクダヴィッシュにも手を伸ばしていた。 何も言わず、彼は男の差し出す手を掴み、落下現象から脱出。スノーモービルだけが見えない腕に引っ張られるようにして、底も見えない崖の下に落ちていった。 「キロ6-1、二人の回収に成功した。これから連れて行く!」 「キロ6-1了解。ティーダ1尉、早めに頼む。燃料が限界近いんだ」 あいよ、とヘリとの交信を終えた空中浮遊の男は、次に自分が抱える二人の兵士を見た。 「……妹へのお土産にしちゃあ、ちょっと無愛想だな。礼の一つも言ってくれよ」 「――すまない、お前の言うとおりだ。助かった、ありがとう。管理局の魔導師か?」 「お、分かる?」 マクダヴィッシュは彼のことを何か知っているようだ。しかし、ローチの方は、もちろん何がなんなのかさっぱりな状態である訳で。 何でもいいから早く下ろしてくれ――眼下に広がる雪の大地、白一面の銀世界は、無表情に彼を見つめていた。 戻る 次へ
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SIDE 時空管理局 機動六課準備室 五日目 1103 第四一管理世界"キャスノー" ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長 雪を踏みしめ、前を向いて歩く。単純な動作の繰り返し。それでも、吹き付けてくる風と雪は彼らの身体から体温と体力を奪っていった。鍛えられた兵士であるからこそ、まだ何とか耐えられて いるのだ。常人であればあっという間に音を上げ、動けなくなって死を待つばかりだったことだろう。 防寒具と野戦服で身を包んでいたジャクソンは、背後を振り返る。仲間を置き去りにしないよう、時折後ろを確認するようにしていた。大丈夫、二人ともついて来ている。ギャズもグリッグも特 に遅れている様子もなかった。顔についていた雪とも氷とも言える冷たい物体を叩いて落とし、彼はもう少しだ、と後方の仲間に腕を振って合図した。 何も、彼らは厳しい冬山で登山を行っている訳ではない。否、登山と言えば登山なのだが、目的は頂上に昇って達成感を味わうことではなかった。登山は目的地に辿り着くための手段に過ぎない。 それは、手に持つカービン銃が証明していた。登山が目的であれば、必要ないものだ。M4A1と言う。米軍が正式採用しているもので、ジャクソンの持つそれにはダットサイトとフォアグリップ、さ らにサイレンサーも装備してあった。誰を撃つのか? 敵を撃つのだ。何のために? 救出のために。 どれほど斜面を登っていたかも忘れかけた頃になって、ふと、ジャクソンは吹雪いて白く染まりがちな視界の奥に、何かを見出した。赤い光が、点いたり消えたりしている。間違いない、と彼は 思った。明らかな人工物、目標だ。背後の仲間に向けて振り返り、見えたぞ、と合図。後方を追従していた二人の兵士は顔を見合わせ、ペースを上げた。 二人を待つ間、ジャクソンは一旦腰を下ろして、双眼鏡を持ち出す。肉眼で目視した人工物の方向をレンズ越しに改めて見れば、思いは確信に変わる。パラボナ・アンテナを掲げた施設、雪山の ど真ん中にある。ここからではそれだけでも巨大に見えるが、双眼鏡が捉えた先には、さらに奥にも建造物が立ち並んでいる。ヘリポートらしい広場もあった。人影はまったく見えないが、この吹 雪と寒さだ。特に用事もないなら、好き好んで外に出るはずもない。 「ジャクソン、どうだ」 傍らにやって来たギャズに、双眼鏡を譲る。同じものを視認した彼は「あれだな」とジャクソンの確信にまったく誤りがないことを確認する。一方、同じくやって来たグリッグはいささか疲れた 模様。どうした、と批判気味な眼で見れば、黒人兵士がM240軽機関銃を杖のようにして雪の上に腰を下ろす。 「くそったれ、たまんねぇよ。寒すぎるぜ、尻が冷たい」 「ビールは冷えてる方がいいんだろ?」 「冷えすぎだ馬鹿。胃袋凍ったら飲めなくなるだろ」 それもそうか、と頷く。もっともビールを飲めるかは、ここから生きて帰れたらの話だが。いや、そもそも『アースラ』にビールなんてあっただろうか? まぁいい。帰ったら確かめよう。思考 を中断し、立てよ、とジャクソンは古い付き合いの戦友に促す。へいへい、と応じる程度にはまだ余裕が残っているらしい。疲れた表情は見せかけだろう。 ずるっ、と立ち上がりかけたグリッグが足を滑らせた。運悪く、彼が踏ん張った場所は先にジャクソンやギャズが歩いて踏み固められていた。それだけなら転んで終わりだったのだが、彼はます ます運が悪い。あろうことか、斜面をそのまま滑っていってしまった。グリッグ! 咄嗟に手を伸ばしても届くはずがなく、よりによって黒人兵士は目標の人工物の方角に向けて滑り落ちていった。 「いきなりトラブル発生かよ、先が思いやられるな」 「あいつ、ミサイルの発射を止める時も自分だけ別の場所に落ちたよな……」 顔を見合わせ、元SAS隊員と元海兵隊員はため息を吐く。昔話もそこそこに、彼らも斜面を滑って降りることにした。滑り落ちたグリッグが、施設の警戒ラインに見つかっていないことを祈りな がら。ここで見つかってしまっては、全てが始める前に終わってしまう。 氷と雪、風と永久凍土が大半を占めるこの世界で、ひっそりと作戦は開始された。 Call of lyrical Modern Warfare 2 第10話 The Gulag / 脱出 前編 SIDE Task Force141 五日目 0742 ロシア ペトロパブロフスクの東40マイル ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹 雪と風、寒さに晒されているという点ではこちらもまったく同じだった。図らずも、両者の目的は『重要人物を救出する』と言う点においても一致していた。 もっとも、それを今のローチが知る由はない。異世界の出来事など、今の彼にはどの道無関心なものだった。何より寒い。どうして輸送ヘリがこれなんだ、と悪態を吐き捨てたい。 Task Force141は、超国家主義者たちが石油採掘リグを占拠して設置した対空ミサイルの無力化に成功した。現在は南米で得られた「マカロフは囚人627号と言う人物を憎み、また恐れている」と 言う情報を元に、ロシアの強制収容所に向かっている。例の囚人は、その施設に収監されているとのことだ。ロシア政府に釈放するよう求めたが、事前にこちらの狙いを察知した超国家主義者たち は収容所を先に抑えている。任務は彼らを排除し、囚人627号を救出すること。 それにしても――しつこいくらいに、ローチは思う。寒い。彼を乗せたOH-6は本来観測や偵察に用いられる小型ヘリであり、一応人員も乗せることは出来るが、コクピットのすぐ横、つまり外に 座席を搭載してほとんど無理やり乗せているようなものだ。外気に晒される故、寒さは風を纏って襲ってくる。早く目的地に着いてくれ、と願わずにはいられない。 《ホーネット2-1、こちらジェスター1-1だ。支援に来た。対地ミサイルで武装している》 《コピー。ジェスター1-1、目標は正面の監視塔だ。やっちまえ》 おや、とローチははるか向こう、大空の彼方より何かが近付いてくるのに気付く。頭のすぐ上にあるローター音でこれまで聞こえなかったが、よく耳に神経を集中してみれば、何かが聞こえる。 遠雷のような轟き、雷? それにしては空は、悪天候とは言っても雷が落ちてくるようなものでもない。音の方向に注視していれば、何者であったのかすぐに理解できた。米海軍航空隊の戦闘機だ。 機種はF-15N、空軍の名戦闘機F-15を海軍向けに仕立て直したものだ。 海軍ってF-14とかF/A-18じゃなかったっけ――疑問をよそに、二機の鋼鉄の翼は編隊を組み、Task Force141を乗せたOH-6編隊のすぐ真下を飛び去っていく。この作戦は、Task Force141の指揮官 であるシェパード将軍からの要請を受けた海軍の支援も加わっているのだ。彼らは先行し、進路上に存在する邪魔な敵を蹴散らすことを主な任務としていた。 二機のF-15Nは、胴体下に抱えていたミサイルを発射。直後、ドッとアフターバーナーを点火させて加速し、左に急旋回して離脱していく。鮮やかなものだ、とローチはパイロットたちの操縦を褒 め讃える。出来ることなら、俺もあっちがよかった。戦闘機のコクピットは与圧が効いて、きっと暖かいだろう。さすがに旅客機のようにコーヒーは出ないだろうが。 発射母機が離脱に入った後も、ミサイルはまっすぐ目標に向かって突き進んでいた。狙いは、凍りつきがちな北の海に突き出るようにして浮かぶ岬、そこにあった灯台。対空砲もあったのだろう。 ミサイルは目標には直撃せず、岬の方に命中した。それでよかった。爆風と衝撃を受けた大地は根元から崩れ始めて、冷たい海水が灯台も対空砲も呑み込んでいく。あそこにいた敵兵たちは、きっ と何が起こったのか分からぬまま死んだことだろう。 《ホーネット2-1、進入経路クリア。幸運を》 《了解、支援に感謝する》 OH-6のパイロットは二機のF-15Nに礼を言い、崩れ落ちた岬の上空を通過。最終的な着陸地点である、強制収容所へ向かう。 準備しろ、と隣に座っていたマクダヴィッシュ大尉の指示。言われるがままにローチは機内に積んであったM14EBR狙撃銃を持ち出し、弾丸装填。 雲を突き抜け、海を越えて、ついに強制収容所が彼らの視界に入る。収容所、と言うよりはまるで城だった。これより我々は攻城戦を開始する、とでも言われた方が納得できそうだ。事実、そこ はかつて城だった。頑丈な城壁と、本物の地下牢を持っていた歴史ある建造物で――ろくな歴史ではないな、とはマクダヴィッシュの言葉だ――幾度も冬を乗り越えてきた。ロシアの歴史を、この 雪と寒さの世界からじっと眺めていたに違いない。現在では、何度も述べるように強制収容所となっているが。何故ここが収容所となったのかは分からない。地下牢があるから、と言う理由はもっ ともらしくはあるが、そこまでする意味は何なのか。"囚人627号"とやらは、それほどの凶悪犯罪者なのだろうか。マカロフにとって憎むべき敵であり、ロシア政府にとっても凶悪な犯罪者? 思考中断。ローチは目を見張った。彼らを乗せたOH-6は城の上空に到達したが、待っていたのは古城の見張りの塔を活用した対空陣地だった。古めかしい塔の上に、現代兵器である対空ミサイル が配置されている。なんてアンバランスな、と思うが、幸いだったのはどのミサイルサイトも、まだブルーのシートがかけられていたことだ。すなわち、敵は準備不足と言うことだ。 「安定させろ、ミサイルの操作員をやる」 「了解した」 マクダヴィッシュが、ヘリのパイロットに告げる。OH-6は塔の上空でホバリングに移行し、彼らに安定した射撃の土台を提供する。安定とは言っても、ふらふらと揺れてはいたが。その間にも、突 然の敵機襲来に驚いた超国家主義者たちが続々と姿を見せ、対空ミサイルにかけられていたシートを引き剥がしていた。 ローチは、揺れる座席の上でM14EBRを構える。狙撃スコープの向こうに敵兵を捉えた瞬間、引き金を引く。銃声と、肩に押し当てていた銃床に伝わる反動。薬莢が飛び出し、ミサイルの発射準備 を行っていた敵兵はひっくり返って動かなくなった。他の者はミサイルを諦めて小火器での抵抗を試みようとするが、マクダヴィッシュの狙撃がそれすら許さない。一発、二発と銃声と共に放たれ る正確な射撃が、塔の敵を次々と撃ち倒していった。 一つ目の塔を制圧し、二つ目へ。こちらは攻撃が後回しになったせいで、ミサイルの射撃準備も進んでいた。まだロックオンはされていないものの、天を睨む槍は小賢しくも目の前でホバリング 飛行を行うハエを叩き落とさんと、ゆっくりと回転を始めて――直後、どこからか矢のような物体が塔に突っ込むのが見えた。爆発、対空ミサイルは塔もろとも木っ端微塵に吹き飛ばされる。海軍 の支援攻撃、あのF-15Nの編隊の仕業に違いなかった。 突然、機体がガッと揺れた。まるで大波に晒された小船のように、強烈な横風を浴びてしまった。高鳴る警報、パイロットは操縦桿を必死に操り、何とか機を立て直す。何だいったい、と顔を上 げれば、飛び去っていく機影が見えた。間違いない、F-15だ。 「シェパード将軍、海軍に攻撃をやめろと言ってやってください! 今のは危なかった!」 「努力しよう、マクダヴィッシュ大尉。しかし、連中は我々ほど例の囚人に価値を感じていないようだ」 マクダヴィッシュは怒りの矛先を、後方で指揮に当たっているシェパード将軍に向けた。海軍に支援を要請したのは彼だった。ところが、返ってきた通信はあまり期待出来ない。本土を時空管理 局に蹂躙されている米海軍にとってみれば、Task Force141への支援は本来後回しか無視してしまうべき代物なのかもしれない。 「アメ公め。いい奴らだと思ってたんですがね!」 「ゴースト、お喋りはその辺にしておけ。聞かれるぞ」 副官ゴーストの怒りはもっともだが、あまり不満を漏らしていては支援の戦闘機は帰ってしまうかもしれない。まさかあのミサイルが今度はこっちに向けて撃たれるとは思わないが。ともかくも 支援は必要だった。対空ミサイルはまだ破壊し尽くされてはいない。 空からの銃撃と、ミサイルによる攻撃はしばらく続けられた。敵軍の対空砲火がいい加減やる気を無くし始めたところで、ようやくTask Force141は大地へと着陸を果たす。OH-6によるガンポッド 掃射の支援は続けられるが――ヘリの座席から降りて、地に足を着けたローチは銃を持ち換える。M4A1。この程度で、敵が引っ込むとは思えない。空からでは制圧し切れなかった奴らが、まだ城の 奥に潜んでいるはずだ。 「GO! GO! GO!」 マクダヴィッシュを先頭に、隊は前進を開始。目標は城のどこかにいると思われる、囚人627号の奪取。 SIDE 時空管理局 機動六課準備室 五日目 1110 第四一管理世界"キャスノー" ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長 シャーベットのようになった雪の斜面を滑って、ジャクソンとギャズは先に滑り落ちてしまったグリッグを追う。敵に見つかっていないかが心配だったが、幸いにも天候は彼らの味方となってい た。深い霧が出始めていたのだ。五メートル先の人影だって見分けがつかないほどの白い壁が、侵入者たちの姿を覆い隠してくれる。 「いきなり酷い目にあったぜ、あぁ畜生」 「死んでないだけマシだな」 下った先で、グリッグと合流。どの道この斜面は滑って降りる予定であったからいいのだが。手を差し伸べて助け起こし、その段階でジャクソンはハッと顔を上げ、身構えた。霧の向こうに、誰 かいる。無言でグリッグにそれを伝えて、後ろのギャズにも同様のことを伝えた。彼らはそれぞれ頷き、各々銃を構えて霧の向こうの影に注視する。 いきなり銃撃戦は避けたいが――雪で覆われた真っ白な地面に伏せて、M4A1を構える。やるなら先に撃った方がいい。しかし、こいつは何だ? 人のようにも見えるが、もしかしたら野生生物では ないのだろうか。この世界にそんなものはいただろうか。ブリーフィングでは言っていなかったが。 影が、こちらの存在に気付いた様子はない。ゆっくりと歩き、近付いてくる。霧の壁もいよいよ薄くなる距離になって顔の識別が出来るようになった頃、ジャクソンは即座にM4A1の銃口を敵に向 け、引き金を引いた。サイレンサーが銃声を掻き消し、放たれた弾丸はそれでも殺傷能力を維持したままに標的を貫く。 彼が撃ったのは、二足歩行のロボットだった。傀儡兵と呼ばれる魔法技術で開発された兵器の一種。おそらくはグリッグの姿を霧の奥から見つけて、しかしそのままでは識別できなかったために 近付いて来たのだろう。頭が弱点なのは人間と同じで、五.五六ミリ弾一発で沈黙してしまう。地面を覆う雪のおかげで、倒れた時の機械音も響かなかった。 ほっと息をつくのも束の間、"死体"がここにあってはまずい。グリッグが手早く傀儡兵を引きずって、適当に雪をかけてカモフラージュした。近寄れば分かるが、遠目に見れば盛り上がった岩に しか見えない、と思いたい。どの道時間をかける訳にもいかなかった。目的は死体の隠蔽ではない、クロノの救出だ。 「あのパラボナ・アンテナが最初の目標だな」 確認するようなギャズの言葉に、ジャクソンはそうだ、と肯定で返す。あれを止めなければ、今度は俺たちも一緒にこの収容施設に放り込まれてしまうだろう。ミイラ取りがミイラに、だ。 施設の中でも特に大きな存在感を持つアンテナは、この収容施設の眼とも言うべき存在だった。早い話が、レーダーだ。それも魔力には機敏に反応してみせる高性能な代物で、彼らが属する機動 六課準備室の主要メンバーたちでは――室長の八神はやてを筆頭に、高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、四人の守護騎士たち――あっという間に見つかってしまう。彼女らの魔法をもってすれ ば強引に力技で突破するのも可能ではあろうが、その時救出対象であるクロノの身の安全はどうなるか。最悪、奪取されるくらいならと殺されてしまうかもしれない。 そこで、ジャクソンたちの出番だった。魔力資質をまったく有しない地球の兵士たちが先行して施設に潜入し、レーダーを停止させる。これで六課の主要メンバーたちは接近することが可能にな るはずだ。戦闘能力に優れる彼女らが派手に暴れて敵の注意を引き付け、その隙にクロノを見つけ出し、救出する。いざとなれば場当たり的な対応(プランB)もあり得るが、とにかく今は決めた手筈 の通りに進めていくべきだろう。 施設の外柵に辿り着いた彼らは、まずは周囲に監視の目がないか確認。とりあえず今は誰も見ていないのを確認すると、ジャクソンとグリッグは周辺警戒。柵を破るのはギャズの役目だ。SAS出身 の彼は、潜入任務や敵地内の偵察に就いていたこともある。適材適所、今は彼に任せよう。 外柵は敵の侵入を防ぐのが目的であるに違いないが、ただ柵を設けているはずもない。見たところ電流は流れていないようだが、よく眼を光らせれば、細い銅線が引っ張ってあるのが分かる。柵 を破ったり乗り越えても、銅線の存在に気付かず足を踏み入れれば間違いなく引っ掛けて警報が鳴る。そうならないよう、ギャズはあらかじめ銅線をジャンパーさせて、ニッパーで切った。これで 侵入は悟られない。柵もいつかのミサイル発射阻止の際にやったように、液体窒素の入ったスプレー缶で凍結させ、引っ張って破った。ちょうど人一人が腰を屈めて入れるくらいの大きさの穴が出 来上がり、彼のOKのサインでジャクソンたちは施設内に入る。 壁から壁へ、物陰から物陰へ。派手に暴れて突き進む方が、案外簡単だったかもしれない。しかし彼らの任務は潜入であり、例え目の前に敵がいようと触れず触らず見つからず、極力無視して進 んでいく。 その時、先頭を行くジャクソンは動きを止めた。背後の味方に対して左手を握りこぶしにして見せて、停止の合図。パラボナ・アンテナは頭上にあり、彼らはその根元に来ていた。アンテナと併 設されているコンクリートの建物を見つけ、そこから太いケーブルが何本も伸びているのを確認。ここだ、レーダーの制御室。扉はあるが、氷で閉ざされたようにして開く様子はない。よくよく目 を凝らせば、扉のすぐ傍に赤いランプがあった。おそらく、扉の開閉を制御しているのだろう。 ギャズ、と声に出さずにトラップ解除の専門家を手招きし、扉を指さす。「開けられるか?」と目で訴えるが、ギャズは首を横に振った。電子ロックされており、開けるにはパスコードが必要だ。 代わりに彼は、自身の愛用小銃であるG36Cを掲げて、第二案を提案。しかし今度はジャクソンが首を振る。要するに、電子ロックを銃弾でぶち壊す。いくらサイレンサーがあるとは言っても、破壊 すれば敵を呼ぶ可能性がある。 じゃあどうする、とグリッグが無言の会話に横から割り込む。止まっていてはいずれ敵が来るかもしれない。ノックでもするか? と彼は提案するが、無論本気ではなかった。 雪の白と寒さが全てを支配する空間で、彼らはやむを得ないか、と電子ロックの破壊を真面目に考え出したところで、天佑が舞い降りた。何の用事があったかは定かでないが、突然、閉ざされてい た制御室への扉がピ、と電子音を鳴らして開かれたのだ。ガチャリ、と開かれた扉の奥から、管理局の武装隊の兵装をした男が出てくる――ロボットではない。監視用の傀儡兵ではなく、生きた人間 だ。 ――八神、確認するぞ。潜入した先で、もし強硬派の″人間″と遭遇した場合は……。 ――射殺を許可する。施設を警備する者はどの道犯罪者にも近い傭兵ばかりや。 脳裏に、出発直前のブリーフィングではやてと交わした会話がジャクソンの脳裏をよぎる。目の前の男はこちらに気付いた様子もなく、寒さに顔をしかめながら懐より煙草の箱を持ち出していた。 もし、ここで射殺すれば扉には難なく入れる。眼前に捉えた武装隊らしい男も、情報通りなら傭兵であって正規の局員ではない。彼らの多くは犯罪に、もしくは犯罪スレスレの行為に手を染めてお り、こんな状況でなければ刑務所行きのような奴らばかりだという。 しかし、人間だぞ。俺が引き金を引けば、奴は死ぬ。射殺許可を出した、八神の名の元に。俺はあの少女の手を、間接的にでも血に染めることになる――自分自身は、どうでもよかった。ジャク ソンは元より兵士であり、実戦を何度も潜り抜けてきた。戦争とはいえ、とっくに殺人という境界線は超えている。だが、はやては違う。あの少女は、本来なら家族を持った優しい女の子のはずだ。 鈍る決断、焦る思考。それらを瞬時に蹴散らし、彼に行動を起こさせたのは、生存本能だった。武装隊の男が何気なくこちらに振り返り、そしてあっ、と声を上げていた。煙草の箱を投げ捨て、 制御室の扉の奥に消えようとする――直前、ジャクソンは走った。武装隊の男に体当たりをかまし、彼を転倒させたのだ。苦痛と驚きで表情を歪める男は、転んだ姿勢のままで肩から下げていたス トレージデバイス、武装隊の標準装備である武器を取り出そうとする。咄嗟にジャクソンの足が男の腕を踏みつけてそれを阻止し、サイレンサーが装着されたM4A1を構える。迷うことなく引き金を 引き、一発。薬莢が弾けて飛んで、放たれた銃弾で頭を撃ち抜かれた武装隊の男は死亡した。 やっちまったな――元海兵隊員の胸に、感情がよぎる。今更後悔などはしなかった。ただ、目の前の事実に彼は、どうしようもない虚無感を覚えた。俺は結局、兵士でしかない。 「ジャクソン?」 「――行こう。制御室はたぶん、すぐそこだ。死体を隠して進む」 後にしよう、とギャズの声を聞いて、彼は元の思考に切り替えた。ぐずぐずしていては、作戦に支障が出てしまう。 彼の言うとおり、レーダーの制御室はもうすぐそこにあった。 SIDE 時空管理局 機動六課準備室 五日目 1135 第四一管理世界"キャスノー" 衛星軌道上 次元航行艦"アースラ″ 八神はやて三等陸佐 ≪"鳥″より"鳥籠"、応答されたし≫ 「来たよ、はやてちゃん!」 雪と氷の星の衛星軌道上で待機する次元航行艦"アースラ"の艦橋で、主任オペレーターのエイミィ・リミエッタの声が飛ぶ。待ち望んでいた潜入部隊からの通信が、ようやく飛び込んできたのだ。 スピーカーに、とただちに通信に応じる構えを見せたのは、八神はやて。機動六課準備室の室長であり、現在の"アースラ"の実質的な指揮官だった。 "鳥"とは第四一管理世界"キャスノー"の監獄に放たれた潜入部隊、ジャクソン、グリッグ、ギャズからなる三人の兵士たちのコールサインだ。"鳥籠"とは無論、母艦である"アースラ"を示す。ジャ クソンたちがこのコールサインを使用して無線封鎖を解除し、通信を送ってきたということは、彼女らにとって目の上のコブに等しい収容施設のレーダーを無力化に成功したという意味である。つま り、クロノ・ハラオウン提督の奪還作戦はまず第一段階が成功したということだ。にも関わらず、はやてはどことなく、スピーカーに切り替えて聞こえてくるジャクソンの声がどこか、暗く気落ちし たもののように感じた。 「こちら"鳥籠"――レーダーの無力化に成功したんやな、ジャクソンさん?」 ≪その通りだ。今、レーダーの制御室にいる。奴ら、通信波の探知もここで行っていたらしい。今、ギャズがレーダーと合わせてそっちの電源もシャットダウンさせている≫ 「よーし、ひとまずは第一段階クリアやな。何か問題は? あるんやろ、その様子やと」 スピーカーが、一瞬の沈黙。躊躇うような間を見せた後に、ジャクソンの声がいかにも言い辛そうな雰囲気を持って艦橋に響き始めた。 ≪……すまん、八神。すでに数名、射殺した。正規の局員ではないようだ、グリッグが調べたがみんなIDカードを持っていない。情報通り傭兵だな≫ 「そう、か…」 ≪なぁ、八神のお嬢ちゃん。ジャクソンを責めないでやってくれ≫ いきなり、割り込む形でスピーカーにジャクソン以外の声が響いてきた。この声はグリッグだ。 ≪こいつの判断は間違っていなかった。制御室に侵入する時も、中の奴らを排除する時も、射殺しなきゃ俺たちがやられていたんだ≫ 「あぁ、分かっとるよ。そもそも、射殺許可を出したのは私や。何も問題はない」 ≪……八神、本当か?≫ ジャクソンの声が、疑問に染まっていた。あいにく潜入部隊は誰も魔力適性を持っていないため、いわゆる念話によるモニターを介しての通信は出来ず、音声のみとなっている。だからこそ、魔力 反応を探知するレーダーに捕まらない地球の兵士たちが潜入部隊として選ばれた。しかし、きっと通信機の向こうで彼の表情は、声と同じく疑問の二文字で染め上っていたことだろう。 はやては、問いかけに対し、特に躊躇も見せずに答えた。「本当や」と、ただそれだけ。その一言が、より一層兵士の持つ疑問を大きくさせるのを承知の上で。 ≪撃ったのは俺だ。俺たちは兵士だ、今更敵の兵士を撃つことに躊躇いはない。けど、君はどうなんだ? 射殺許可を出した君は≫ 「哲学の問題なら後にしてや、ジャクソンさん」 ≪答えてくれ。任務に集中できなくなる。俺は、君の下した射殺許可の下に敵の傭兵を撃って殺した。いいか、撃ったのは俺の判断だ。だが許可を出したのは君なんだ≫ 困ったなぁ、とはやては苦笑いを浮かべた。口元は歪むが、眼はどこか悲しいものを感じさせるほどに澄んでいた。 決意、いや、覚悟か。まだ一〇代も後半に入ったばかりのこの少女は、背中に背負うものの重さを、十分に承知していた。そして、それを決して普段は表に出さないことも誓っていた。 「あんな、ジャクソンさん。私の、"夜天の書"の話はしたっけ」 ≪前に聞いた。前は"闇の書"と言って、過去にいくつも世界を滅ぼしたと≫ 「そう。私は、その呪われた過去も、みんな背負っとる。この言葉の意味、分かる?」 ≪……今更、人を何人か殺めたところで気にするものでもない?≫ 「ブブー。外れ、大外れや」 思わず毀れた、場違いな擬音に艦橋にいた"アースラ"クルーは思わず吹き出し、皆が揃って苦笑いを浮かべていた。視線がはやてに集中し、彼女はなんとなく気恥ずかしい気分になりながら、一度 咳払いして気分を変える。そう、今は真面目な話なのだ。 「管理局は今、たぶんとてつもない過ちを犯しとる。よりによって証拠も出揃わないうちから、ジャクソンさんたちの国と戦争や。しかも、反対するクロノくんを始めとした慎重派は軒並み逮捕や更 迭、解任してな。このままやったら、大勢死人が出てしまう。それも、何万人単位で――せっかく"闇の書"は暴走の危険を取り払われたのに、これじゃ意味ないやん」 ≪しかし、それと君が簡単に射殺許可を出したのと何の関係が≫ 「まだ分からん? 大勢を生かすために、私は必要なら少数を殺す。その覚悟をもって許可を出した」 本気だった。およそ、少女が持つものとは思えない鋭い眼光が、それを物語っている。無論、躊躇いや躊躇がない訳ではない。いくらアウトローの傭兵といえど、容易く命を奪っていい許可など下 す訳にはいかない。はやても、その程度の倫理観を失った訳ではない。命をやみくもに奪う者は、やがてやみくもに奪われる。 それでも、このままでは更なる犠牲が出てしまう。慎重派の中でも提督という大きな権限を持つクロノを奪取しなければ、地球への攻撃はいつまでも終わらない。一の犠牲を躊躇した結果、百の犠 牲が生まれてしまうのだ。はやては、百の犠牲を防ぐために、射殺許可を出した。命を奪うという許可を、自分の名の下に。 ≪……八神には、普通の女の子であって欲しかったんだが≫ どこか寂しそうな、ジャクソンの声。彼はすでに軍人であり、そして兵士だった。命を奪うという行為を仕事にするという、ある種の一線を超えた人間だ。彼は、はやてにそうなって欲しくなかっ た。自分の命を救ってくれた、八神家の当主は、あくまでも八神はやてという、普通の女の子として。 「あいにく、"夜天の書"の主となった時に、普通なんてのは無理やと思い知ったんや。それに」 ≪それに?≫ 「もし、私の躊躇がジャクソンさんを殺すことになったら、シャマルが泣く」 ≪その名前を出すなよ――分かった、間もなくギャズがレーダーの電源をカットする。そちらは頃合いを見て、攪乱部隊を出してくれ≫ 「了解。幸運を。通信、アウト」 さて、いよいよ後戻りは出来んかな――ふ、とため息を漏らして、はやては天を仰ぐ。もう、自分の名の下に射殺許可は出て、それは実行されたのだ。今更、振り返るつもりはない。 「リインフォースに怒られるかなぁ、やっぱり」 今はもういない融合騎のことが脳裏をよぎり、彼女は思わずクスッと笑った。自虐的なものではあったが。 SIDE 時空管理局 機動六課準備室 五日目 1141 第四一管理世界"キャスノー" ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長 「肝っ玉の太い女の子だなぁ、ジャクソン」 「ああ、まったくだ」 通信機のスイッチを切って、ジャクソンはグリッグに苦笑いで言葉を返す。 「よし、レーダーをカットするぞ」 ちょうどその時、制御室のコンソールと向き合っていたギャズが、いよいよレーダーの電源をシャットダウンさせる段階に至っていた。スイッチを押して、電源をオフに。これで、この収容施設 はその防衛においてもっとも重要な"眼"を失ったことになる。 しかも、元SAS隊員の手際は鮮やかなものだった。レーダー波の送信停止を悟られないため、テスト用の信号を送ってあたかも正常に作動しているかのように見せかけすらした。おまけに彼はコン ソールを叩いて、多目的ディスプレイの一つに収容施設の最近の犯罪者移送記録まで表示させた。名前を入力すれば、すぐに目的の人物は出てきた。クロノ・ハラオウン、艦隊の私物化と命令拒否に より提督を解任、以後はこちらにて収容する。 「艦隊の私物化だって? 私物化してんのはどっちだよ、報復強行派め」 「まぁ、俺らも似たようなものかもしれないな…ギャズ、クロノがどこにいるか分かるか?」 「ちょっと待てよ」 グリッグの愚痴めいた言葉に適当に相槌打って、ジャクソンはギャズに尋ねる。彼がコンソールのキーを操作すると、ディスプレイにはクロノの居場所と囚人番号が表示された。 「ここだな。俺たちのいるレーダー制御室より、南西方向に四五〇メートル。囚人番号は独房番号と同じのようだな。あいつ、囚人の癖に自室持ちだぜ」 「その番号は?」 「囚人627号」 果たしてそれは、偶然だったのか否か。地球で活動するTask Force141の兵士たちもまた、一人の囚人を追いかけていた。番号は、627号。 戻る 次へ
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「普通の人間はな、今日が最期の日だと考えながら目覚めはしない」 砂の地で、男は語る。その身を自然と一体化させながら。 「だが、それは悪いことじゃない。強がりじゃなくてな――我が身の死期を感じ取った時、人はあらゆる制約から解放される」 マガジンに、銃弾を込める。何度となく繰り返してきた動作だ。手馴れた様子は、語りとは裏腹にこの男に死期が迫っていることなど微塵も感じさせない。 状況を整理しよう、と男は言った。 こっちに機関銃が一丁あるとしたら、あちらには千丁ある。マカロフがくれた――あの狂人と手を組むのは不本意だが、"敵の敵は味方"だ――情報が正しいかも分からない。 「装備も増援もない。自殺まがいな危険な賭けだ」 唯一救いがあるとすれば、賭けに出る直前、彼らは唯一信頼出来る仲間と交信できたということだ。もしもローチが生きているなら、彼らが失敗したとしても志を引き継いでくれる。 それに、何より―― 「数千年に及ぶ争いの血が染み込んだこの砂が、この岩が、俺たちの戦いを記憶してくれる」 ガシャ、と機械音を鳴らしてマガジンを銃に差し込む。弾丸装填、銃に命の息吹を吹き込む。 「何故なら、この選択は俺たちが無数にある"最悪"の中から、俺たち自身のために選び取ったものだからだ」 男は銃を手元に置き、他に唯一と言える武器を引き抜いた。鋭い刃、ナイフだ。 「俺たちは大地から出る息吹のように、前に進む。胸に活力を抱き、目の前の標的を見据えて――」 男の脳裏に浮かぶ、ターゲット。Task Force141の創設者にして司令官、シェパード将軍。 「俺たちが、必ず、奴を殺す」 Call of lyrical Modern Warfare 2 第19話 Just Like Old Times / 片道飛行 SIDE Task Force141 七日目 1732 アフガニスタン "ホテル・ブラボー" ジョン・"ソープ"・マクダヴィッシュ大尉 自分たちを運んできたヘリのローター音が、碧空の向こうへと遠ざかっていく。ここから先は、いよいよプライスと自分のたった二人で臨むことになる。狙いは敵の大将、シェパードの首ただ一つ。 ≪それじゃあ、三時間後に迎えに来る≫ 「必要ない。ニコライ、こいつは最初から片道飛行だったんだ」 通信機の向こうで、ヘリのパイロットが返答に窮している。プライスもこの作戦がほとんど博打に等しいのは理解しており、だからこそ自分たちの行く道を『片道飛行』と揶揄したのだ。無論、そんな返答をされたヘリのパイロット、ニコライにしてみればたまったものではない。プライスもソープも、ニコライにとって間違いなく戦友と呼べる間柄だった。 ≪……幸運を、戦友≫ ヘリが見えなくなった。ローター音もはるか遠くに消えていったところで二人は行動を開始する。身体を覆っていた偽装のためのシートを引き剥がし、地面との一体化に終止符を打った。途端、アフガニスタンの砂の大地に姿を現すのは、完全武装した兵士が二人。プライスはトレードマークのブッシュハットを当然のように被っていた。 ソープはM200インターベーションを構え――重量一四キロ、ずしりと重い対物狙撃銃だ――同じように銃を構えて前進するプライスの後を追う。彼の銃はアサルトライフルのACRだった。 斜面の手前で、前を行く老兵が左手を上げて止まる。プライスに倣ってソープも止まれば、斜面の下を横切る道路に黒尽くめの兵士たちが屯しているのが見えた。数は五人、それから犬が二匹。 犬、犬か――憂鬱な気分になりそうだったが、黒尽くめの兵士たちは間違いなく自分たちを襲ってくるばかりか、超国家主義者たちとも交戦したシェパードの私兵部隊だ。民間傭兵会社『シャドー・カンパニー』の者たちだろう。奴らがここにいるということは、シェパードはやはりこの付近にいるということだ。 「いいぞ、二手に分かれた」 隣で敵兵たちの様子を伺っていたプライスが、静かに短く歓喜の声を上げる。兵士が二人と犬が一匹、哨戒に向かうようだ。残り三人と犬一匹は、依然として同じ場所に留まっている。 金額分の働きをしてくれよ、と唐突に隣の老兵が通信機に何かの小さな機械を取り付けた。回線をオープンにしろ、と指示が下り、言われるがままソープも通信機に手を伸ばす。 ≪アルファ、報告を≫ ≪川辺は異常無し≫ ≪ブラボー≫ ≪あー…砂嵐で何も見えん≫ ≪ズールー≫ ≪北口より哨戒を開始する≫ これは敵の無線だ。飛び交う電波を掴むことは出来ても、デジタル暗号化された交信内容まで聞き取れることはないはずなのだが。どうやらプライスが通信機のアンテナに取り付けた妙な機械は、暗号を解読して聞き取れるようにしてしまうデコーダーだったらしい。 「マカロフの情報に間違いはないようだな」 「らしいな。ということは、ここがホテル・ブラボーか」 以前にも来たことが? とソープは眼で上官に問うが、彼は答えなかった。返答の代わりに、SCARを斜面下の道路に残った敵兵たちに突きつける。 「俺は左の二人をやる。残りを頼む」 「了解」 インターベーションの狙撃スコープを覗き込む。一四キロという重量は取り回しには不便に違いないが、狙撃という状況でならかえって有利だ。発砲の反動で銃口がブレる可能性が大きく減る。 三、二、一とプライスが発砲の合図をカウント。ゼロのタイミングで引き金を引けば、サイレンサーによって銃声を消去された静かな殺意が銃口から飛び出す。放たれた銃弾は並んでいた敵兵の頭骨をぶち抜き、さらに奥に並んでいた者の胸を貫通した。 あとは犬だ――銃口をずらし、軍用犬の位置を探る。高度に訓練されているだろうから、目の前で主人が撃たれたとなれば吼えて異常を知らせるだろう。そうなる前に撃たねば。狙撃スコープに獣の姿を捉え、しかしプライスの撃った弾が先に犬の頭を撃ち抜いた。 道路上の敵は全滅。あとは哨戒に出た奴らだけだ。二人は斜面を滑り降り、敵兵たちが乗ってきたであろうハンヴィーを背にして再び銃を構える。正面に敵影、さきほど二手に分かれて哨戒に向かった奴らだ。同じように狙い、射殺。 「昔を思い出すな」 「チェルノブイリのか? 今度はあんたがマクミランだぜ、ジイさん」 ふん、と軽口にプライスは短く鼻を鳴らすだけだった。敵の死体を無視して前進、道路を進んだところで「ここがいい」と赤く錆びたガードレールの前で立ち止まる。 「フックをかけろ」 上官の指示を聞くまでも無く、ソープは先端にフックの付いたロープを持ち出した。錆びてはいても構造はしっかりしているガードレールにロープを巻き、フックで固定する。 ≪チーム4、状況を報告せよ――チーム4、応答せよ……北にいるチーム4から応答がありません≫ あぁ、こいつらチーム4という部隊だったのか――ガードレールを乗り越える前に、ちらっと死体に眼をやる。敵の通信がこう言っているということは、そう遠くないうちに死体も発見されるだろう。ぐずぐずしてはいられない。ソープとプライスはロープ一歩でガードレール下へと飛び降りる。 崖の途中までは勢いよく降下して、真下に二人の敵兵が立っているのが見えてからはゆっくり、慎重に降下速度を落とす。崖の面をゆっくりと歩きながら、二人はナイフを引き抜いた。 ゆっくりと、慎重に。暗殺者の如く。ソープが目標に選んだ敵兵が、ふと隣の兵士の影に視線をやり、何かおかしいことに気付く。次いで自分の影を見て、上に何かいることに気付いて視線を上げて――わずかに、遅かった。崖から降りてきた暗殺者が彼らに襲いかかり、悲鳴も聞き取られぬよう口を塞いで刃を心臓に突き立てる。ジタバタともがくのも一瞬のことで、たちまち敵兵たちはその場に崩れ落ちた。 敵兵の死体を隠す間も惜しく、プライスとソープは即座に崖下にあった洞窟へと潜り込んだ。洞窟そのものは天然自然のようだが、内部にちらほらする光は人工に違いない。短機関銃のヴェクターを構えて進めば、資材やライトが置かれていた。この先に、奴がいる。 SIDE Task Force141 七日目 時刻 1611 地球 アフガニスタン上空高度一〇万メートル 次元航行艦『アースラ』 ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹 思った通り、病室の外に見張りはいなかった。まだ身体の節々は痛み、疲労感も抜けきらないローチは誰もいないことを確認して、『アースラ』の廊下に出た。 あの女医――シャマルという若い女は、救出されたばかりの彼に対してしばらく安静にしてゆっくり休むことを強く命じた。まるでローチのその後の行動を予測していたかのように。それは結果的に正しかったのだが、彼が素直に従うことを期待したのは間違いだった。見張りの一人も立てないのだから、ローチは楽々と病室から廊下に出て、目的地へ向かう。 プライスとソープは、自分を救出するようこの『アースラ』の連中に頼んだ。ジャクソンという元米海兵隊員を始めとした機動六課準備室なる部隊はその要望に応え、シェパードの私兵部隊の包囲網から彼を救出した。ローチはすぐさま上官たちの下へ向かおうとしたが、まずは体力の回復に専念しろという医療班からの指示で病室に入れられてしまった。彼が黙って従うはずもないというのに。 おそらく、プライスとソープの二人はシェパードを討つために行動を開始しているはずだ。人の気配に注意しながら、入院着で進む兵士は推測される状況を脳裏で整理する。戦力は多い方がいい。自分も彼らの元へ向かって、シェパード討伐に加わるべきだ。そして、ゴーストやティーダの仇を。 『アースラ』に連れ込まれてから病室にまで移動するまで、彼はしっかりと自分の動いたルートを把握していた。武器弾薬を預けた武器庫の位置さえ覚えていた。本来は武器庫ではないらしく空の倉庫だったようだが、とにかくそこに行けば自分の使っていた銃がある。入室に必要な暗証番号も盗み見ていた。 武器庫に入ったら装備を取って、気の毒だが適当にクルーの一人に銃口を突きつけて人質になってもらう。そして自分をプライスとソープたちの下へ届けるよう頼むつもりだった。人質は早い段階で解放するが、どのタイミングで解放すべきか――思案していると、武器庫にたどり着いた。暗証番号を入力するテンキーもあるから間違いない。早速番号を打ち込んで、プー、と拒絶するように警告音が鳴った。 何だと、番号に間違いはないはず――ハッと振り返る。人の気配を感じたからだ。 「たったあれだけの移動で艦内の通路を把握するか。さすがに精鋭、Task Force141というだけあるな」 「あんたは……」 苦笑いしながら腕組して立っていたのは、救出された際に初めて会った機動六課準備室なる部隊の男だった。名前をポール・ジャクソンという。元米海兵隊曹長という肩書きだったが、こちらの行動は予測されていたらしい。 ジャクソンの隣で、困ったようにため息をつく女性がいた。白衣に身を包んだその女はシャマルという。『アースラ』に収容されるなり、ローチの怪我の具合を見てくれたこの艦の医者だ。医者といってもローチの知る医療技術とは違うものを持っているらしく、森に潜伏している間に出来た小さな切り傷を淡い緑の光を放つ手で覆った時は何事かと思った。傷はそれだけで塞がっていた。 「なぁ、言った通りだろシャマル? 士気の高い兵隊は無茶をする。俺のようにな」 「まったく……分からないわ。どうして男の人ってみんなこうなの?」 見張りはいないと思っていたが、ツケられていたらしい。そうでなければこうもタイミングよくジャクソンが現れるはずがない。そして、こうして武器庫を訪れたローチの前に現れたということは、彼の目的すらも見破られている。 「止めるな、行かせてくれ」 ほらな、とジャクソンが眼でシャマルに訴える。再びため息を吐いたシャマルは、力なく刻々と頷いた。 「よし、医者の許可も下りた。行くぞ、ローチ。どうせお互い一度死ぬはずだった身だ」 「は……何? 行くぞって……」 「俺も行くんだ」 戸惑う兵士を無視して、ジャクソンはテンキーに改めて暗証番号を打ち込む。今度は歓迎するようなピ、と短い電子音が鳴って、武器庫の扉が開かれた。 「大抵の武器は揃ってる。M4A1にSCAR、ACRにM240軽機関銃。M14EBR、あとはM24もあるな。ん? SIG550まであったのか……」 「ま、待ってくれ。ジャクソン、あんた、プライス大尉たちとは……」 「戦友だ。数年前、ザカエフの撃った弾道ミサイルの着弾を食い止めた仲だ」 ガチャ、と手近にあったM4A1を手に取るジャクソンは、時間がないぞと彼を急かすようにしてACRを取り出した。 「戦友たちが死地に飛び込もうとしてる。黙って見てられるほど薄情でもないんだ」 「――分かった。ただしシェパードを撃つ役目は譲ってくれ、仲間の仇だ」 「順番に並ぶんだな」 ACRを受け取ったローチは、早速弾薬箱を持ち出してマガジンに弾薬を込めようとする。ジャクソンはすでに準備を始めていた。戦いの準備。兵士たちは、これから戦場に向かうつもりなのだ。 否、戦場に向かおうというのは兵士だけではなかった。 「ずるいぞ、二人だけで抜け駆けしようなんて」 「あ、提督…」 すまない、と一言断ってシャマルに脇にどいてもらい、武器庫に入ってくる影。ローチは誰だこいつは、という眼で見たが、ジャクソンは待ちわびていたように声を上げた。 「お前も来るか、クロノ」 「ソープは戦友だ。プライス大尉も」 SIDE Task Force141 七日目 1744 アフガニスタン "ホテル・ブラボー" ジョン・"ソープ"・マクダヴィッシュ大尉 洞窟内はわずかな照明しか設置されていなかったが、かえって好都合だった。闇の世界に紛れ込んだ彼らは歩哨を静かに排除し、あとは扉一つ超えれば眩い太陽の光の下に出られるというところまで進んでいた。 このまま見つからずに行くといいが――歩みを止めず、ソープは胸中をよぎった不安に思考を傾けた。敵の傍受した無線によれば、確実に奴らも何かがおかしいことに気付き始めている。通信に応じるべき者が答えないのだから当然だろう。死体は隠しもしていないから、見つかるのは時間の問題だ。 カチャ、と行く先を照らしていた照明が突如として消えた。不安を心の片隅に追いやって、サブマシンガンのヴェクターを構える。故障や寿命で消えたにしては、照明の消え方が妙だった。誰かが意図的に電気を消したとしか思えない。 ≪チーム6、照明を落とせ。突入しろ≫ 案の定だ。通信機が傍受した敵の無線が、間もなく奴らがここになだれ込んでくることを示していた。前を行くプライスに眼をやれば、「始まるぞ」と一言呟いただけで迎撃態勢を取っていた。 ソープは洞窟内の突き出た岩に身を寄せ、行く手にあった扉の方に眼をやる。銃口を突きつけた途端、勢いよく扉が爆破された。直後、なだれ込んでくる黒い影。シェパードの私兵、PMC"シャドー・カンパニー"の傭兵たちだ。 照準用の赤いレーザー光線が洞窟内を切り裂き、ソープの足元を横切っていった。まだこちらの存在に気付いていない? 否、敵がいるということだけは分かっているはずだ。位置を掴んでいないのだろう。 ヴェクターの上部レールにマウントされたダットサイトを覗き込み、敵影を捉える。先制攻撃、引き金を引いた。サイレンサーによって音を消された静かな殺意が、私兵たちに襲い掛かる。たちまち、数名が短い悲鳴を上げてバタバタと倒れていった。奇襲成功だ。 「派手に行くぞ、撃て!」 ソープの銃撃で怯んだ敵兵たちに向かって、プライスが間髪入れずに突っ込む。反撃の弾丸をものともせず、老兵は前進しながらSCARを撃ちまくった。後退もままならず、私兵部隊は圧倒されていく。 ≪チーム9、後方の部隊が全滅した!≫ ≪馬鹿な。そこはさっき調査したぞ。敵がいるはずが――≫ 慌てているようだな。無線の様子から察するに、敵の主力は行き過ぎた後だ。ならば引き返してくる前に、素早くここを突破せねば。 扉を抜けようとした二人はその時、聞き覚えのある声を耳にした。 ≪プライスだ≫ 前を行く老兵が、ほんの一瞬身を強張らせる。忘れもしない、この声はシェパードだ。仲間たちの仇。奴は間違いなくここにいる。シェパードもプライスたちが現れるのを想定していたに違いない。 ≪重要書類を回収しろ、残りは破棄だ。各部隊は敵を足止めしろ≫ 「プライス、奴は逃げる気だな」 「そうらしい。追うぞ」 爆破されて有名無実化した扉を抜けて、眩い太陽の下へ。切り立った険しい崖の間に出来た道を進むが、正面から降り注いだ弾丸の雨が行く手を阻む。橋で繋がった向こう側、敵の機関銃陣地だ。 ちょうどいい、とソープはまるで用意されていたかのようにその場に立てかけられていたライオットシールドを手に取る。銃弾に対して絶対無敵とはいくまいが、生身のまま突き進むよりははるかにマシだ。今度は上官の前に立って進む。 ガン、ガンとシールドに降り注ぐ銃弾はソープに止まれと警告するように衝撃を発生させる。無論、彼は止まらない。シールドのひび割れを無視して、なおも距離を詰めた。敵も焦り始め、銃撃がソープの方に集中を始める。バキ、と心臓に悪い音がして、いよいよライオットシールドが銃撃に耐えられなくなったことを示す。 機関銃陣地の敵兵が、いきなり見えない誰かに殴られたようにして吹き飛び、倒れた。慌てた周囲の仲間が退避か攻撃続行か一瞬迷ったところでもう一発。機関銃陣地は沈黙した。半壊したライオットシールドを投げ捨てたところに、SCARを構えたプライスが駆け寄ってくる。 ≪ブッチャー1-5、"鳥の巣"で合流し、"ゴールデンイーグル"を護衛しろ≫ 「ゴールデンイーグル、そいつがシェパードだ。行くぞ」 疲れ知らずかよ、このジジイ。一瞬肩をすくめて、自分よりはるかに年上の老兵の背中を追ってソープは前へと進んだ。 敵の迎撃は熾烈を極めたが、目標を目の前にしたプライスとソープの前進はそれでも止まらなかった。次々と私兵たちを撃ち倒しながら進み、再び洞窟内に入る。あまりの損害の多さに敵はいよいよ迎撃を諦めたのか、扉を閉めてしまった。無線によれば、その先が"鳥の巣"と呼ばれる拠点らしいのだが。 ≪ブッチャー5指揮官より本部。起爆コードを入力した。一〇分で柱に穴を開けて起爆を――≫ ≪遅い! "ゴールデンイーグル"は三分でやれと言っている!≫ 撤退ついでに爆破していく気か――扉を叩くが、無論それで開かれるはずもない。こうなればやることは一つだ。プライスとアイコンタクトし、扉の脇に身を寄せる。 爆薬をセットし、身構える。起爆、扉を丸ごと吹き飛ばして突入。中にいた数名の敵兵たちは何らかの作業を行っていたが、全員が一斉に中断し、銃を、ナイフを構えて迎撃の構えを見せた。それより早く、二人の兵士の銃口が跳ね上がる。照準に捉えた敵兵に向かって、綺麗にセミオートで二発ずつ弾を送り込んだ。黒い影がひっくり返り、巻き上がった粉塵が落ち着く頃には静寂が舞い戻ってきた。立っていたのはソープとプライスの二人のみ。 敵兵を殲滅して、初めて気付いた。扉の向こうは司令部だったようだが、見渡す限りのC4爆弾で埋め尽くされている。どれほど徹底的にここを爆破処分するつもりなのかと考えて、そうではないと気付いた。敵の放送が、C4だらけの司令部に響いてきた。 ≪全部隊へ告ぐ、こちらは"ゴールデンイーグル"だ。この拠点は敵に発見された。これより指令"116B"を発令する。もし残っている者がいれば、君の行動は名誉として称えられる。以上≫ ふざけるなよ、要するに残って死ねってことだろう。部下もろとも拠点を爆破しようとするシェパードに今更ながら怒りを覚えるが、今はそれどころではない。C4爆弾で埋め尽くされた司令部の中で、わずかに姿を見せていたディスプレイにいかにもな数字が表示されていた。これはカウントダウンだ。プライスがすでにキーボードに噛り付いて、爆破阻止は無理でもロックされた扉の制御強奪を試みている。 「ソープ、手伝え! そっちのキーボードだ!」 「どうすればいい!?」 「何でもいい、適当に打ち込め!」 言われるがまま、叩くようにして意味不明な文字の羅列を空いていたキーボードに叩き込んだ。ガチャ、とロックされた扉が開かれるのだから、案外適当な作りだったのかもしれない。それでもカウントダウンの数字が減っていく。残り二〇秒を切った。 駆け出し、開かれた扉を抜ける。カッ、と背後で何かが光り、一瞬遅れて爆発音と紅蓮の炎が巻き上がった。爆風は走るソープのすぐ足元にまで及び、彼は姿勢を崩され吹き飛ばされた。 一瞬、意識が遠のいていた。爆風に巻き込まれたには違いないが、吹き飛ばされただけでどうにか無傷で済んだらしい。立ち上がろうとすると、視界の向こうにプライスが銃撃戦を繰り広げているのが見えた。敵の防衛ラインと遭遇したのか。 ≪"ゴールデンイーグル"よりエクスカリバー、砲撃開始せよ。目標地点ロメオ――デンジャー・クローズ≫ ≪そちらと一〇〇メートルも離れていません、誤射の危険があります!≫ ≪これは提案ではない、命令だ≫ 何だと、奴は――その時、ソープは確かに目撃した。突き出た岩と並べられた資材、自然と人工物のコントラストの向こうに見覚えのある男が、複数の黒い兵士たちに囲まれて奥に進んでいくのを。間違いない、シェパードだ。奴は、自分のいる場所に砲撃の指示を出したのだ。味方もいるのを承知の上で。至近距離への着弾(デンジャー・クローズ)をやれと言うのだ。 「伏せろー!!」 プライスの叫びが響く。部下に向けて。あるいは、巻き込まれる敵に向けてのものだったのかもしれない。次の瞬間、轟音と爆風が巻き起こった。岩が吹き飛び、資材が巻き上げられ、必死に戦っていた兵士たちがただの肉片へと姿を変える。後に残ったのは一枚の地獄絵図だった。まだ生き残っている敵兵たちも、這いずり回って助けを求めていた。 「……シェパードは本当にデンジャー・クローズを気にしないな」 ため息を一つ吐き、プライスはソープを助け起こす。まだ追撃は終わっていない。シェパードは、もう目の前に迫っていた。 戻る 次へ